第142話 煮付けのアレとパエリヤ

「私も物好きよねぇ・・・。」

 日の出を待って、海に糸を垂らす。海面を朝日が照らし、キラキラと輝いている。凪。

「煮付けにしたら美味しいヤツを・・・と。」

 捕らぬ狸の・・・なんとやら。

「ミャ~お。」

 そこに猫の幸一がやってきた。

「あら、珍しいわね、こんなところにまで。」

「ミャ~お。」

「はい、おはよう。」

 この会話は、成立しているのか?

「ミャ~お。」

 もうひと鳴きすると、行ってしまった。

「ん?もう・・・釣れないヤツ。」

 そんな立ち去る後姿が、妙に丸く見えて・・・。

「アンタ、ちょっと太ったんじゃないの?」

 美味しいものたくさん食べてるんだな・・・いや、私のせいか。

「んふふ、あとでしっかり遊んでやるか・・・。」

 そんな休日。


 釣果はメバル。それほど大物ではないが、ひとりで食べる分には充分だ。

「ミャ~お。」

 『ハマ屋』へ戻ると、幸一が店先で待っていた。

「なんだい、早速おこぼれにあずかろうってか?」

「ミャ~お。」

「もう、私の方が先だよ。」

 煮付けにするんだから、頭や骨は後にならないと出ない。

「さぁて、美味しい美味しい煮付けちゃん・・・。」

 鱗を取って内臓を出して、身に切れ込みを入れたら「いつものタレ」に入れて火にかける。茶色い食べものは正義。

「あとはご飯と、もう少し何か・・・。」

 汁物か小鉢か。

「ん~・・・洗い物増やすのヤダなぁ。」

 横着者。

「あ、あれでいいか。」

 大根の葉を漬けたのがある。それを使った「まぜご飯」。コレで立派に定食だ。

「うん、良いんじゃない?」

 こういうものをサッと作ってサッと食べる。すっかりそんな習慣になっている。

「ふは~・・・んん。」

 残った煮付けのタレ。

「これ、棄てちゃうのもったいないわよね・・・ん?ふふ、もう。」

 こっちを覗き込む幸一と目が合った。

「分かってるわよ、骨しかないわよ~。」

 頭のお肉も美味しかった。

「ミャ~お。」

 骨と尻尾を幸一の茶碗に乗せて出してやると、バキバキと音を立てフガフガ勢い良く食べだした。

「ふふふ、もう。よく噛んで食べなさい。」

 で、あのタレ。

「ん~、ご飯にかけると最高なんだけど・・・もう少し、何かやりたいわよねぇ。」

 作りたい・・・という、ちょっとした。晩御飯までに何か考えよう。


 昼過ぎ。あのあと散々遊んでやった幸一は、小屋の中で無防備にいびきをかいている。干していた布団を取り込んでいると、蓄養いかだで作業する源ちゃんが見えた。

「ん・・・ふふっ。ちょっと、ちょっかい出しに行くか。」

 堤防の端まで行くと、ちょうど会話が出来るくらいの距離。

「源ちゃ~ん、具合はどうなの?」

「んぁ?あぁ、今んとこ順調みてぇだなぁ。」

 全滅を経験しているだけに、慎重な言いよう。

「なぁ、ヨーコ。一つ二つ食ってみるか?」

「え、良いの?」

「あぁ、やっぱり食ってみねぇと、成長具合は分かんねぇからな。」

 やった、役得っ。

「アワビある?」

「バぁカ、サザエしか入ってねぇよ。」

「なんだぁ・・・あぁ、でもサザエか・・・。」

「お魚くわえたドラ猫じゃねぇぞ。」

「ふふっ、分かってるわよぉ。」

 あのタレにご飯にサザエ・・・。

「ねぇ、晩御飯いらっしゃいよ。」

「え?」

「真輝ちゃん誘って。」

「えぇっ?」

「イヤ?」

「バ・・・ぃヤじゃねぇけど・・・?」

「いいから、ね。」

「あ、あぁ、分かった。」

「うん、じゃぁ待ってるからねぇ。」

「お、おう。」

 ふっふっふ。お節介おばちゃん発動。・・・いや、誰がおばちゃんだっ。


 洗ったお米をフライパンに入れ、バターで軽く炒める。

「確か・・・これであってるのよねぇ?」

 そこに「あのタレ」と風味づけに七味を入れ、その上に蒸してスライスしたサザエを乗せる。

「うん、見た目はこんな感じっ。」

 パエリヤ。本場の正統派のやり方は分からないけど、イカスミを使ったのがあったりするから「あのタレ」でやっても美味しいだろうと思ってね。

「ヨーコさぁん・・・。」

 最後に乗せるネギを切っているところに、真輝ちゃんが入ってきた。

「いらっしゃい。もうちょっとでできるからねぇ。」

「あ、はい。」

「源ちゃんは?」

「うん、あとから来るって。」

「一緒に来ればいいのに。」

「う、うん・・・ふふっ、なんか一丁前に恥ずかしがっちゃって。」

「あら、初心うぶなの。」

「ねぇ。」

 二人が「恋仲」になれたことはみんな知っているのだから、何を恥ずかしがることがあるのか。

「何か呑む?」

「ん、ん~・・・うん、源ちゃん来てからにする。」

「うん、んふふ。」

 源ちゃんとは対照的に、自然体な真輝ちゃん。やっぱりこの二人の関係の進展は「源ちゃん次第」なのね。

「っと、お待たせ~。」

 そこへ源ちゃん、何やら大きな荷物をもって。

「え、なに?」

「あぁ、せっかくだからさぁ、ウチにあったの持ってきた。あんまり大きくねぇんだけどさぁ。」

 真鯛。

「え、えっ?良いの?」

「あぁ。」

「・・・ってか、あるんならもっと早く言ってよ。」

「はぁ?そんな言い方ねぇだろぉ。せっかく持ってきたんだから。ほら、捌いて出してくれ。」

「あぁ、はいはい。ちょっと待ってよぉ・・・。」

 大急ぎで鱗を落とし、三枚におろす。こういう作業は、もう慣れたもんだ。ただ「コレがあるんならサザエと一緒に乗せたのに」なんてどうしても思ってしまう・・・まぁ、あとからでもいいか。

 パエリヤの焼き上がりには、もう少しかかりそうだ。

「はぁ~い、じゃまずはお刺身ねぇ。」

「おう。」

「冷やが良いかな?」

「えぇ、お願いします。」

 やはり白身の魚には、キンと冷えた日本酒が合う・・・と思う。

「ん~、甘いしプリッとしてて美味しい。」

「あぁ。やっぱり、絞め方が良いと美味いよな。」

 刺身を堪能する二人を横目に、づけの準備。最後は鯛茶漬けで締めてもらおうと・・・。

「ん~、そろそろかなぁ・・・。」

 パリパリと軽快な音がしてきたら、パエリヤは焼き上がり。直前にネギと鯛の切り身を乗せ、少し蒸らしておく。

「はぁ~い、本日のメインディッシュね~。」

 二人の目の前に、フライパンごとド~ンと。

「ん?なにごとだ・・・?」

「え、パエリヤ?」

「ふふ~ん、ちょっと試しにやってみたのよねぇ。ささっ、食べてみて。」

「お、おう。」

「いただきまぁす。」

 どこから手を付ければとまどう源ちゃんに、サッと取り分けてやる真輝ちゃん。

「えらく洋風なもんになったなぁ。」

「んふふ、味付けは純和風よ。」

「ん~、美味しい。これ、お醤油ベースの・・・なんですか?」

「んっふっふ。これねぇ、煮付けで使ったタレなの。」

「えぇっ、そうなんですか?」

「そりゃぁ、美味いわけだなぁ。サザエとも良く合ってるし、鯛も美味い。うん・・・。」

「んふふ、私も一口いい?味見してないんだわ。」

「えぇ、それでこれ作っちゃったんですか?」

「んふ、なんとなくね・・・あらホント、美味しい。上手くいったわ。」

「なんだか無責任な奴だなぁ。」

「ん、いいんじゃない?お金取るわけじゃないんだし。」

「まぁ・・・そうだけど。」

 試作試食会ということで、ね。

「コレが新たなメニューになることも・・・?」

「う~ん『要予約』と言ったところかしらねぇ。あ、あとは源ちゃんのサザエ次第。」

「え、あぁ、そうか。」

「へへっ、源ちゃん頑張んなきゃね。」

「あ、おぅ。」

 なんだか課題が山積な源ちゃん。いろいろ取り組んでるけど、今は目の前の真輝ちゃんに集中してほしいな。

「さぁ、もう一杯どう?」

「えっと、じゃぁビールを。」

「俺も。」

「はいよ~。」

 やっぱりパエリヤにはビールよね。


 そのあと、締めの鯛茶漬けまでしっかり堪能してもらった。

「あの・・・ありがとなヨーコ。」

「ん?ううん、こちらこそ。立派な鯛まで持ってきてもらって。」

「ふふん、サザエも美味しかったわよ?」

「あ、あぁ。結構、良く育ってたな。」

「このまま上手くいくと良いわね。」

「あぁ。」

「ふふ~ん、今日はちょっと呑みすぎちゃったかなぁ。」

 すっかり顔の赤くなっている真輝ちゃん。気分良く呑んでたもんね。

「家まで送ってってあげなよぉ。」

「あぁ、分かってるよ。」

「じゃぁ、ヨーコさんまたねぇ。」

「うん、またね。」

 しっかりと源ちゃんの腕をつかんで、帰っていった。少々上機嫌が過ぎるのが気掛かりだけど、そばで見ていてあげれば大丈夫だろう。


 パエリヤ、思い付きでやった割には美味しかったなぁ。買っちゃおうかな、パエリヤ鍋。

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