第141話 サメても美味しい
朝。仕入れという名の散歩の時間。
「お~、おはヨーコちゃんっ」
「んあ?あ~、おはよう。」
開口一発おかしな挨拶をされて、変な声が出てしまった。
「サメいる?」
「は?サメ?」
「うん、サメ。」
「サメって・・・このサメ?」
「あぁ、そのサメ。普段は放っちゃうんだけどさぁ、もしかしたらヨーコちゃん興味あるかなぁって思ってとっといたんだ。」
と、急に言われても・・・。
「え・・・サメはよく揚がるの?」
「あ~、たまにねぇ。網にかかったりするんだよ。」
「へ~、そうなのねぇ。」
「で、どうする?」
「う~ん、興味はあるけど・・・。」
「いるんなら、サクにして持ってくよ。」
「あ、ならいるっ。」
そう、捌くのが面倒なのだ。大きいし。
「はははっ、ヨーコちゃんも現金だなぁ。」
「ふふふ、まぁいいじゃない。で、どうやるのが美味しいの?」
「あぁ、結構なんでもいけるよ。」
「へぇ、そうなの?生でも?」
「ぃや~、まぁ生でもイケるけど、火ぃ通した方が美味いかなぁ。結構水分があるんでねぇ。」
「あ~、なるほどねぇ。うん、分かった。なんかやってみる。」
「おぅ。じゃぁ後で持ってくよ。」
そんな訳で『ハマ屋』にサメがやって来る・・・やぁやぁやぁ(?)。
昼過ぎ。約束通り、サクになってやって来た。
「へぇ~、キレイな白身なのねぇ。」
「あぁ、キレイだろ?こうやってサクにするまでが大変なんだ。」
「んふふ、ありがと。さぁて、どうしてやろうかねぇ。」
「ははっ、じゃぁ頼むよ。あとで来るから。」
「はぁ~い。」
ほんのりピンクがかったキレイな白身。その身は触ると柔らかく、水分量の多さを感じる。それにしても、この大きさ・・・サクにしてもらって良かった。
「ふ~ん・・・まずは、生で食べてみるか。」
端の方を少し切り、そのまま口の中へ。あまりお勧めはしないようだが、イケないことは無いようなので・・・。
「ふん・・・ふんふん。う~ん、確かに水っぽいわねぇ。」
味は悪くないけれど、刺身で食べるにはこの水っぽさが気になる。
「締めるか炙るかしないとかなぁ・・・うん、次。」
火を通す。薄く切ってフライパンに乗せると、ジュ~という音を立てて・・・。
「あぁ、結構縮むわねぇ。」
それだけ水分が多いということか。そのまま中まで火を通し、軽く塩をして一口に。
「ふん、ふんふんっ。」
こちらの方が食感が良い。
「うん、結構味濃いわねぇ・・・。」
味も食感も凝縮されている。
「よ~し、それなら・・・。」
夜に向けた仕込み開始。
昼は昼で食堂の賑わい、夜は夜で居酒屋モード。とはいっても、まだ日没前。
「今日はサメがあるんだって?」
「えぇ、色々出すから食べてって。」
狭い港、入荷状況はすぐに知れ渡る。というか、とった本人がそこで呑んでる。
「へ~、そりゃ楽しみだ。あぁ、お湯割りねぇ。」
「はいよ~。」
結局刺身で出すのは諦めたのだけれど、焼き物や揚げ物ばかりでは芸がない。
「まずはこんなのどうかしら~。」
薄く切って湯引きにした。キュッと締まって良い食感になっている。
「ほぉ、刺身で来るかと思ったけど。」
「へへっ、ちょいとひと手間加えてねぇ。あ、それ付けて食べてみて。」
「ん、なんだい?」
「それねぇ、梅とハチミツを合わせてみたの。」
酢味噌のような発想なのだけれど。
「へぇ、どれどれ・・・。」
「・・・どうかなぁ?」
「あ~、なるほどねぇ。酸味と甘みと、良く合ってるねぇ。美味いよ。」
「んふ、良かった。あ、ご飯いる?」
「あ、ん~・・・あぁ、お願い。」
「ふふっ。じゃぁ、どんどん出すからねぇ。」
煮付け。濃い目の味付けにしたから、ご飯に合うはず。
「あぁ、やっぱり煮付けだよねぇ。」
「え?『やっぱり』なの?」
「あぁ、よくこうして食べてたからね。」
「へ~、そうだったんだ。」
サメを食べる食文化は、この辺にも古くからあるらしい。
「こうやって、ご飯に乗っけるとさぁ・・・。」
「ふふふっ、止まらなくなるわよね。」
検証済み。
「ふぅんっ。」
口の中いっぱいにして返事。
「んふふ、ゆっくり食べなよ~。」
次は揚げ物。天ぷら、フライ、から揚げ・・・と考えたけど、今回は天ぷらにした。甘めの天つゆをつけて出す。これもご飯が・・・。
「あふっ、ほっ・・・ん~、天ぷらも美味いねぇ。」
「ご飯、おかわり?」
「ん、あ~・・・いや、冷やにしてくれるかい?」
「はいよ~。」
ご飯に合うものは酒にも合う。どちらも元はお米だもの。
「はぁ~い、冷やねぇ。」
「あぁ、ヨーコちゃん。最初に出したの、もっかいもらえる?」
「湯引きにしたの?」
「うん。冷やにも合いそうだからさぁ。」
「ふふっ、はいよ~。」
気に入ってもらえたようでなにより。
翌朝、港で。
「あ、ねぇねぇねぇ、時々でいいんでさぁ、またサメ持ってきてくんない?」
「あ~、いいけど。気に入ったかい?」
「うん。みんなの反応も良いしさ、たまに出すんなら良いかなぁって。」
「あぁ、分かった。良さげのがあったら持ってくよ。」
「ふふっ、よろしくねぇ。今度はから揚げにするんだから。」
「おぉっ、それも楽しみだねぇ。」
実はこっそり試作していたから揚げ。冷めても美味しかった・・・サメだけに。こらっ。
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