第138話 月見船の会

「へぇ~、月見ねぇ。素敵じゃないっ。」

 鈴木ちゃん発案による「東京湾の真ん中で満月を楽しむ」企画。以前行った「星空を見る・・・」が雨で流れて以来、この手の企画は諦めてしまったものかと思っていたのだけど。

「ふふっ、今度は晴れると良いわね。」

「はい、大丈夫です。晴れの特異日と満月が重なる日が、やっと見つかりましたから。」

 確か前回も「晴れの特異日・・・」とか言っていた気が。

「それに満月なら『おぼろ月』でもそれはそれでおもむきがありますから・・・ね。」

 ん、保険かけてる。やっぱり自分でも心配なんじゃん・・・。

「で、私は?ご飯作ればいいの?」

「えぇ、よろしくお願いします。」

「夜遅いのよねぇ?」

「は、はい・・・。」

「時間外労働よ?」

「え・・・っと・・・。」

「んふふっ、冗談よっ。美味しいものいっぱい作ってしなきゃ。ね。」

「はいっ。」

 前回の「少なからずあった反響」を手応えに、今回もPRに余念のない鈴木ちゃん。もうすぐパパになるんだもんね。


「へぇ~、おもしろそうっ。」

 最近三日と空けずにやって来るイズミさん。

「海の真ん中で満月を・・・なんて、素敵なこと考えんじゃない鈴木ちゃんも。ねぇ。」

「は、はい・・・ありがとうございます。」

「おかげで私は『残業』よ。ね。」

「うぅ、すいません。なんだか付き合わせてしまって・・・。」

「ふふふ、いいのよ。」

「あぁっ、いま『月』と『付き合わせて』をかけたの?ねぇ、ねぇねぇっ?」

「う、ぅう、そんなつもりじゃぁ・・・。」

「鈴木ちゃんもなかなか面白いこと言うじゃない。ねぇ?」

 陽気でパワフルなイズミさんに、鈴木ちゃんはタジタジ・・・。

「いいなぁ、私も来ようかなぁ。」

「あ~、是非いらっしゃいよっ。夜の海ってのも、静かで良いわよ~・・・風さえ無ければだけど。」

「あ、風かぁ・・・そうね、吹きっさらしだもんねぇ。」

「そうそう。」

「あの、一応、船室に余裕のある船を用意しますので・・・。」

「ん?それでも船ごと揺れたら逃げ場無いでしょ?」

 どんなに晴れていても、強風では船を出すことも出来ない。

「あ・・・そう、ですね。」

「もう、鈴木ちゃ~ん。もう一つくらい何か言い返すことは無いの?」

「でも・・・ヨーコさんの言う通りですから・・・はい。」

「うぅ、心配だわ。明音ちゃんが心配だわ、ホントに旦那がこの人で良かったのかしら。」

「ふふふ、こんな鈴木ちゃんだからちょうど良いのよ。」

「ん~、そうかしらっ?」

 このまま放って置いたら「何かあったら明音ちゃんは私が引き取る」とか言い出しかねない勢いのイズミさん。本当に「可愛い子」が好きらしい。

「あ~、でもそうねぇ・・・。」

「ん?」

 急に真面目な顔で話しだす。こうしてコロコロと表情が変わるのも、またイズミさんの特性。

「これならウチでもできるのかなぁ?ねぇ、どう思います?『畑の真ん中で月をでる』なんて、面白いと思いません?」

 広大な畑の上に、ぽかんと浮かぶ満月。

「あら、素敵じゃない。ね、鈴木ちゃん。」

「はい。とてもいいと思いますっ。」

「ねっ、良さそうよねっ。その時期その時期の美味しい野菜食べながらさ、お酒なんか呑んでドンチャン騒ぎ・・・んん、ってこれじゃ風情もなんもあったもんじゃないわね。」

「ふふふ、いいんじゃない?イズミさんらしくて。ねぇ。」

「はいっ。あ、いっそのことフェスのような雰囲気にしてしまうのも面白いかと・・・。」

「あぁっ、それ良いっ。『農場月見フェス』今度みんなに話してみるっ。へへへっ、鈴木ちゃんに良いアイディアもらっちゃったぁ。」

 まだ「あげる」とは言っていない。けど、いいか。鈴木ちゃんも乗り気みたいだし。

「ふふ、私も行ってみようかなぁ。」

「あっ、是非是非~っ。」

「あ、でもヨーコさんそんなことしたら・・・。」

「ん、なに?」

「あの・・・きっと、何か料理を作らされるんじゃ・・・?」

「ん?それならそれでもいいじゃない。ねぇ。あ、大きな鉄板用意してくれたら、ワッシワッシ焼きそば作るわよ~。」

「あ~、ホント~っ。やったぁ~、美味しい焼きそば食べれる~っ。」

「あ・・・僕もそれ、食べたい。」

 どうやっても「しっとり月見酒」とは行きそうもない。そんな面々。


 当日。朝から良い天気。いや、三日前から好天が続いている。

「良かったわねぇ、良い天気で。」

「え、えぇ・・・。」

 にもかかわらず、どうにも浮かない顔。

「え、なに、参加者ゼロ人?」

「あぁいえ、そうではないのですが・・・。」

 となると、やっぱり・・・。

「・・・天気?」

「はい、夜から雲が・・・。」

 どうやら明日から天気は下り坂・・・ということで、夜は曇りの予報。その予報も自分で出すのだから、当たる所が無い。

「はぁ、我ながらなんとも・・・日ごろの行いでしょうか?」

「ん?ふふふ、日ごろの行いが悪かったら朝から降ってるんじゃない?」

「あぁ・・・うぅん・・・ありがとうございます。」

 空より先に、顔が曇る鈴木ちゃん。

「んふふ、もう。『満月なら朧月でも・・・』とか言ってたの誰だっけ?」

「あ・・・そう、ですね。」

「ね。ほら、明るくお客さん迎える準備しなきゃ。せっかく楽しみに来てくれるのに、そんな顔で迎えられたら冷めちゃうわよ。」

「は、はい。が、頑張らなきゃ・・・。」

 そう言って出ていった鈴木ちゃん。天気、持ってくれると良いわね。


 後日。イズミさんへの報告会。

「え~、やっぱり来ればよかったかなぁ~。」

 天気はなんとか「薄曇り」くらいで持ってくれた。

「でも、困っちゃいましたよ。あんなとこでプロポーズなんてするんだもの。」

「え~っ、そんなことあったのっ?やだぁ、素敵~っ。」

「でも普通、あんな・・・あんな逃げ場の無い、断りにくいとこでやりますかねぇ。」

「え~?素敵じゃん。ロマンチックだし。」

「んふっ、ふふふ・・・。」

 そんなやり取りが、少しおかしくって。

「ん?な、なんです?。」

「鈴木ちゃん。んふふ、あなたも似たようなことしたじゃない。」

「え、なにっ?明音ちゃんへのプロポーズ?なになに?」

「鈴木ちゃん、ここでプロポーズしたのよ。私の目の前で。」

「きゃ~っ、なに~、鈴木ちゃ~ん。」

「あの、その話は・・・。」

「こうやってねぇ、明音さんの前にスッて鍵を出してねぇ・・・。」

「鍵ぃっ?」

「そう。それでねぇ・・・。」

「あ~、もうやめてくださいよ~。」

 イズミさんの口撃は続く。


 そんな感じで、今回の「東京湾の真ん中で満月を楽しむ」企画は、鈴木ちゃんの想定よりもちょっと良い成果を出して終えたのでした。

「次は流星群の時にでも・・・」

 なんて言い出してるから、この企画は続いていきそうね。

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