第137話 春待つ彼女
「も~っ、コレだから金持ちは嫌いよ。」
入ってくるなり愚痴をこぼす美冴ちゃん。
「んふっ、どうしたの?セレブな客に嫌味でも言われた?」
プリプリしている美冴ちゃんが妙に可愛くて、つい笑顔になってしまう。
「客じゃないんだけど、セレブな・・・ぃや『自称セレブ』なヤツ。んも~。」
相当ご立腹な様子で、今にも「プンプンっ」と言わんばかりの顔でいつもの席に腰を下ろした。
「なんか飲む?」
「ん?コーラっ。」
「はぁい、コーラね~。」
「あ、ラッパで。」
ラッパ飲みするからグラスは要らん・・・とのことです。
「んふふ、はいはい・・・。」
こういう可愛さが、美冴ちゃんの魅力なのです。
「で?金持ちがなんだって?」
大きく一息ついた美冴ちゃんに訊く。まぁ、それを話したくて来たのだから訊かなくても勝手に話すのだろうけど。
「そうなのよ~、もう。あそこ、また金に任せてエースと四番買ってきちゃってさ。」
どうやら野球の話。シーズンオフ恒例の移籍話みたいね。
「良いんじゃないの?買えるお金があるんだから。」
「ん~っ。そういう問題じゃないもん。」
「あれ?美冴ちゃんのチームから?」
「んん、ウチからじゃないけど・・・あそこ、毎年そんなことやってんのよぉ。優勝逃した、戦力補強だ、何億円の大型移籍だ・・・って。そうやっちゃぁ、戦力肥大で出場機会が減って試合勘が鈍って、んで大事な試合の大事な局面で結果が出なくて負けて・・・そんで『今年こそV奪還だっ』ってお買い物して・・・そんなこと毎年やってんのよ?そんなチーム誰が応援してんのかねぇ?」
なんだか散々な言いようだが・・・。
「ん?応援するファンが多いから、そのお金があるんじゃない?」
「ん~っ、そうなんだけどっ。だからってさぁ・・・チームって、そういうもんじゃないじゃん。」
そう、それは確かにそう。
「選手も選手よ。そりゃぁねぇ、高いお金出してくれる方が良いのは分かるけどさぁ。だからってホイッて簡単に移籍するかなぁ。応援してくれるファンがいて、一緒に汗流した仲間がいてさぁ、ねぇ・・・愛着ってもんは無いのかねぇ。」
「ファンとしては寂しいわよね。」
なんて当たり障りないことを言ってみる。
「ねっ、そうよねぇ。それでもね、行った先で大活躍してくれたらまだいいんだけど・・・あそこでしょ?どうせまともに出場機会なんてないんだから。みんな四番みたいなチームなんだよ?守備位置だって被るんだし・・・も~、あんなとこ絶対Bクラス送りにしてやるんだから。」
そんな威勢の良いこと言っているけど・・・。
「美冴ちゃんとこはどうなの?」
「ウチ?」
「うん。良い選手が移籍してきたりしないの?」
「ウチはねぇ・・・一応ドラフトで目玉の選手は取れたんだけど・・・。」
「あら、なら良いじゃない。」
「ん~・・・そうも喜んでいられないのよねぇ。」
「ん?そうなの?」
「うん。アマチュアで活躍してもプロでまったく活躍できない選手もいるし・・・ねぇ、ハンカチの例があるんだし。」
ハンカチ?
「まぁ、その逆もあるから面白いは面白いんだけど。」
「逆?」
「あぁほら、育成契約から大活躍する選手がいたりするから。」
「あ~、そうねぇ。」
「そう。だからね、ドラフトで目玉の選手が取れたからって安心できないの。」
「まぁ、そうよねぇ。」
社会に出たら学歴なんて何の役にも立たない・・・っていうのと同じ感じかなぁ。
「だからさぁっ。活躍が計算できる選手を金に任せて買い漁るってのは、見ててホントに腹が立つのよっ。自前で育てようって気が全くないのかしら。」
瓶のコーラを飲み干し、ぷはぁ~と一息。
「ふふ、もう一本?」
「ん?ううん、もう充分。っんぷ。」
「ふふふ。今年は勝てると良いわね。」
「ん?またヨーコさん、適当に気休め言って~。」
あら、バレてる。
「でも、開幕戦は応援に行くんでしょ?」
「ん?行けない。」
「あれ、そうなの?」
「うん。Bクラスの開幕は地方なんだから。」
「あぁ、そうか。てっきりあの子誘って行くもんだと・・・。」
「あの子?」
「ほら、大学の釣りサークルの。」
「アイツ?え、なに?そんな話になってんの?」
「え、そんな話・・・してなかったっけ?」
「ん~、どうだったろう・・・?」
記憶が二人とも曖昧。おしゃべりばかりしていると、何を話したかなんて覚えていられないもんです。
「え~、でもヤダぁ。アイツと一緒に野球観るなんて。」
「でも、ファンは一人でも多い方が良いでしょ?」
「あ~、それもそうかぁ・・・。」
「そうよ。別に『結婚しろ』って言ってるわけじゃないんだし。」
「あぁ、そうよねっ。よ~し、じゃぁ釣りサークルのバカ達みんな連れて応援に行ってやろ。みんなまとめてファンに仕立て上げてやるんだから。」
「んふっ。で、負けて帰ってくるのよね。」
そう、美冴ちゃんが応援に行くと、必ずチームは負ける。
「あ~っ、もうっ。変なこと思い出させないでよぉ。今度こそ絶っっ対勝つんだからっ。」
「んふふ、ごめんごめん。」
一応「残念会」の準備はしておきますので。
なんであれ応援できる存在があるって良いわね。勝った負けたで大騒ぎしたり、采配がどうだで盛り上がったり。まぁ、それもこれも「応援し甲斐のあるチーム」であるかが重要なんだろうけど。
「私も、なにか探してみよっかなぁ・・・。」
応援の対象は身近にもいるんだから、それでも充分な気もするんだな。
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