第136話 締めて押して

「よ~し、これでしばらく置けば・・・っと。」

 良いヒラメが入ったので、刺身にする分とは別に昆布締めも作ることにした。

「あとは、酢飯ね・・・あ、ガリのお酢をちょっと入れてみようかしら。」

 寿司屋を始める訳じゃ無いのよ。


「へ~っ、今日はヒラメなの?いい日に来ちゃったなぁ。」

 農家のイズミさん。明音さんのお腹の具合を見に来た。先輩ママさんとして手伝えることがあれば・・・というのはどうやら建前で、単に明音さんを可愛がりに来ているだけのようだ。

「えぇ、型の良いのが揚がったんで使ってくれって。いつもは半端なもんばっかり寄こすクセに、たま~にこんなカッコつけたことすんのよねぇ。」

「へへへ、ヨーコさんの事狙ってんじゃないの?」

「え~?妻子持ちよ?」

「あ・・・なんだ、違うのか。」

「ははは、違う違う。」

 確かに普段は所謂「未利用魚」なんかを寄こしてくるヤツが、急に立派なヒラメなんかを持ってきたら下心を疑っちゃうわよね。

「で?どうやって食べさせてくれるのかなぁ?」

「ふふふ、まずはお刺身でしょ?それから・・・。」

 なんて話しているところに、源ちゃんが入ってきた。

「あっ。よっ、色男っ。」

「はっ?な、なんだよ。いきなり人の顔見て言うセリフかよぉ。」

 面食らう源ちゃんの気持ちも分かるが、そんなこと言ってやりたくなるイズミさんの方にかなり分がある。

「ははは、まぁいいじゃない。ほら、源ちゃんもそこ座って。」

 いつもの席に座る源ちゃんだが、図らずもそこはイズミさんの隣。

「なぁ、だから何だよ~。急に色男なんて言い出して。」

「へへ~ん。だってそうでしょ?真輝ちゃんの気持ち、受け取る気になったのよねぇ?」

「あ、あぁ・・・ぅん~・・・。」

「んっ?なに、なに~?」

「それがさぁイズミさん・・・なんかハッキリしないのよ。」

「はっ?アンタ、バカなの?」

 とてもシンプルに状況を説明すると、そうなの。

「え~?ヨーコさん、どういう事?」

「なんかねぇ、真輝ちゃんの気持ちをどう受け止めたらいいのか分かんないんだって。」

「だ、だって、しょうがねぇだろ・・・こんなん、経験ねぇから。」

「またぁ、そんな初心うぶなこと言っちゃってぇ。漁師ってのはモテるんでしょ?」

「あ、あのなぁ。そんなん大昔の話だぞぉ。今いつだと思ってんだぁ?」

 確かに「漁師はモテる」という情報は古いのかもしれない。

「そ、それにだなぁ・・・アレだ。ずっと妹みてぇに見てたヤツから、急に・・・その・・・す、好きだ・・・って言われてだなぁ。どうしたらいいかなんて、すぐに分かるか?」

「そんなん、黙って抱いてやりゃいいじゃない。」

 それが出来る男では無いからこうして・・・。

「はぁっ?あ、あのなぁ・・・はぁ、なぁヨーコからもなんか言ってくれよ~。」

「んふふ、イズミさんの言い分にも一理あるわよ?はい、まずはお刺身ねぇ。」

 さくの状態で十分な厚みのあったその身は、切り身にしてもなお食感の良さを感じさせる迫力がある。

「お~、待ってましたぁ。」

「源ちゃんもいる?」

「あ?あ~・・・いや、酒があればいい。」

「あ、そう?」

 そうやってしばらく「居心地の悪さ」を味わうと良い。

「え~、もったいなぁい。こんなに美味しいのに。」

「あ~っ。もういいから、やっこでも出してくれ。」

「はいはい。」

 冷奴ってお酒のアテには少し物足りない気がするんだけど、みんなよく頼むのよねぇ。

「あ、そのお豆腐って、真輝ちゃんのお父さんが・・・。」

「あぁっ、もうイチイチそうやって・・・そりゃ俺だって・・・俺だってなぁ。真輝のことぁ可愛いと思うし、良い嫁さんになるんだろうなぁとは思うけど・・・いざ自分が・・・そうなると・・・。なぁ、それって・・・少し乱暴すぎないのか?」

「え、って?」

「あぁん、だから、その・・・『黙って抱いてやりゃ』ってのは、やり方が乱暴じゃないのか?」

「そりゃ、相手によるわよ。」

「だから・・・あのなぁ。」

「ふふふ。簡単よ、嫌がられたら止めればいいんだから。」

「嫌がられたくないから訊いてるんだけど?」

「ははは、そうよね。まぁ、いろいろあるけど・・・女ってのは、惚れた男には案外何をされても良いもんなのよ。」

「そう・・・なのか?」

「相手によるけど。」

「あ、あのなぁっ。ヨーコも笑ってねぇでなんか言ってやってくれよ。」

「ふふふ、ごめんごめん。まぁ、あれよ・・・相手からの好意のある行動なら、なんでも嬉しいもんよ。」

「好意の、ある・・・?」

「だから・・・源ちゃんの方に『好き』って気持ちがあれば、ってこと。」

「あぁ・・・ん~・・・そうか。」

「ん~もうっ、分かってんのかなぁこの色男はっ。」

 イズミさんは、じれったい。

「ふふふ。はいっ、じゃぁ今日のスペシャルねぇ。」

「あ、え?なになに~?」

 コロコロと表情の変わるイズミさん。かわいい・・・。

「じゃぁ~ん、押し寿司で~す。」

「へ~っ。ヒラメ?」

「うん。そのヒラメを昆布締めにしてね、大葉と一緒に酢飯に挟んでギュってしたの。食べてみて。源ちゃんの分もあるわよ。」

「お、おぉ。」

 いつものぶっきらぼう。

「なに~、美味しいじゃない。ねぇ源ちゃん。」

「あ、あぁ。おぉ。」

「んんっ?いいのヨーコさん?こんなリアクションで。」

「んふふ、いいんじゃない?源ちゃんらしくって。」

「ん~っ。真輝ちゃんはホントにコイツでいいのかねぇ。」

「あ、ん。それは・・・真輝のヤツに訊いてくれ。」

「は・・・もう、しょうがない色男だなぁまったく。」

 この二人、意外と良いコンビ。いや、これはイズミさんの人付き合いの上手さだな。

「でさぁイズミさん。ものは相談なんだけど。」

「ん、なに?」

「ワサビの葉っぱって、手に入らないかなぁ?」

「ん~・・・ん?私、仕入れ屋さんじゃないんだけど?」

「ふふふ、分かってるけど、他に伝手つてが無くって。ね。今日は大葉でやったけど、これワサビの葉っぱでやっても美味しいんじゃないかと思ってねぇ。」

「あ~、美味しいかも・・・うん、誰か探してみる。」

「ふふ、お願いしますね。」

「んふふ、いつも美味しいもの食べさせてもらってるもんねぇ・・・奢りじゃないけど。」

「今日は源ちゃんの奢りよ。」

「はぁっ?んでそうなんだよぉ。」

「なんでって・・・今日はいろいろ教えてもらったでしょう?」

「そ、そうだけど・・・。」

「ふふ~ん、ごちになりまぁっす。」

「あのなぁ・・・もう。」

 しょうがねぇおねぇちゃんだなぁ・・・とでも言いたげな顔。

「う~んっ、人の奢りで食べるご飯は美味しいなぁ。」

「今日だけだからなぁ・・・。」

 やっぱりこの二人、意外と良いコンビ。


 ひょんな思い付きで「ワサビの葉っぱで・・・」なんて言ったけど、

「ん~・・・これ、ワサビ漬けでも美味しいかなぁ?」

 とかも考えてしまっている。まぁ、それだけ「美味しいヒラメだった」ってことで、どうかご容赦ください。

「ん?ガリでもいいのか・・・。」

 キリが無いっ。

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