第135話 陰に集まる・・・

「あ~、コレねぇ・・・。」

 源ちゃんの頼みを受けて棟梁が作った蓄養いかだ

「へぇ~、結構立派じゃない。」

 港の片隅に設置され、早速中に何か入れてある。

「で、あの下を狙えって訳ね・・・。」

 そういう筏の陰になるところには魚が寄ってくる・・・というので、釣り竿を持って調査に来たわけだ。

「ふふっ。調査というほど大袈裟なモンじゃないけどねぇ。」

 大物釣って、リッチなお昼にするんだもんね。


「う~ん・・・下を狙えって簡単に言うけど・・・ん、こうか?」

 こちらも棟梁作による新しい疑似餌が、ヒュッと軽快に飛んで行く。

「うん、今のは良いんじゃない?」

 シュポっという軽い音と共に、疑似餌が筏の下へと滑り込んでいった。

「ふふ~ん。あとは、小エビの気持ちでねぇ・・・。」

 良いポイントに入ったらしく、早速コツコツという感触がある。

「んっ・・・ん・・・んん?食うわけじゃないのね。」

 そう簡単には釣られてくれない。

「お腹空いてないのかしら?」

 もう一度、同じポイントへ投げ込んでみる。

「んふふ、上手くなってきてるんじゃないの?」

 狙ったところへ疑似餌を落とせるようになってきた。コレを「上達」とみるか「慣れ」とみるかは、個人の自由です。

「さて・・・どうかな?」

 やはりコツコツという感触はあるのだが・・・。

「う~ん・・・食ってくれないわねぇ。」

 何度か繰り返すうち、同じく棟梁作の猫の毛を使った「釣れない毛鉤けばり」を思い出してしまった。

「棟梁、腕落ちたんじゃないかしら・・・。」

 道具のせいにしてはいけません。

「ん~・・・っ、もうひとつのにしてみるか。」

 棟梁は必ず二つ作ってくる。色違いだったり、大きさが違ったり、形や素材が違ったり・・・。今回は、色味と大きさが違う二つ。

「小振りな子なら、どうなの、っと。」

 より小さな方に付け替え、再び同じポイントへ。チュポっと一層軽い音。

「ふっふっふ~ん、どうかなぁ・・・?」

 コツコツ・・・コツコツコツ・・・と、同じような感触が。

「う~ん、お腹は空いてるようなのよねぇ。」

 そして、待望の・・・っ。

「おっ、食ったっ。よしっ、ほっ・・・ん・・・んん?」

 釣り上げるまでも無く分かる。竿から伝わる、この軽い感触は・・・。

「んあ~っ、やっぱりちっちゃいわ~。」

 手のひらに収まるほどの・・・メバル、か?当然リリースサイズ。

「はぁ・・・大きくなったらまたおいで~。」

 同じ命。どうせ食べてしまうのならどちらも同じだろ?なんて言われそうだけど、どうせ同じなら美味しいのを食べたい。

「ふぅ~・・・もういっちょっ。」

 その後も食欲旺盛な魚たちが次々と揚がるのだが、どれも手のひらサイズばかり。

「う~ん・・・っ、どうしようかしらねっ。」

 結局、この日は大物どころか食べごろサイズすら揚がらなかった。


「・・・だからねぇ、私嫌んなっちゃって帰ってきちゃった。」

 愚痴の相手は船長。源ちゃんのお父さん。

「ははは。それは、ご苦労様でした。」

「言い出したのは源ちゃんなのよぉ?筏の下には魚が集まるって。」

「ふふふ、それはそれはご迷惑を・・・。」

「もう、ホントよ・・・。」

 愚痴を言ったところでという結果に変わりは無いのだが、ひとつふたつ言ってやりたくなる時だってある。

「私、結構期待してたのよ?魚が集まるって言うから、沖まで行かなくても大物が揚がるんじゃないか・・・なんてさぁ。」

「ふふふ。筏の周りは狙いました?」

「え、周り?」

「えぇ。陰になるところの、少し外側のあたり。」

「いや、下のところだけ・・・え?その周りを狙うの?」

「ふむ・・・大物を狙うのであればね。」

「え~っ、そうなのぉ?」

 源ちゃんはそんなこと言わなかった。

「えぇ。陰に集まるのは小魚ばかりですからね。それを狙って大物は来ます。」

「それじゃ・・・ぅん・・・釣れない訳よね。」

「ふふふ。まぁ、こんな岸の方まで来る大物は滅多にいませんけどね。」

「え、じゃぁなに?あそこじゃぁ大物は無理ってこと?」

「えぇ。期待できないでしょうね。」

 私の「リッチなお昼計画」が・・・。

「はぁ~あ、そんならいつもみたく底の方狙っときゃ良かった。」

 底の方には大体何かいる。これは船長の教え。

「ふふ、その方が良かったでしょうね。」

「ふふふ、ねっ。まぁ、次はあの周り狙ってみるわ。大物とはいかなくても、せめて食べられるサイズくらいはいるでしょ。」

「えぇ。ご報告期待してますよ。」

 リッチとまではいかなくても、休日のおかずくらいは自分で調達したい。

「あ、船長。もう一本?」

「あぁ、そうですねぇ・・・じゃぁ、お湯割りを。」

「は~い、お湯割りねぇ。」


 冷静に考えれば、大物じゃなくても釣りたての魚が食べられること自体が、充分「リッチ」な事なのよね。それは分かっているのだけど・・・。

「よ~し、今日こそ大物釣るわよ~。」

 私ったら、なんて欲深いのかしら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る