第133話 握らない寿司屋

「え~、私もそれ見たかったなぁ~。」

「ふふふ、そうは言うけど大変だったのよぉ。目の前であの二人に黙られたら、身動き一つ取れないもの。」

「あぁ、それもそうねぇ・・・。」

 真輝ちゃんが源ちゃんに想いを告げた時の話を、イズミさんにしている。

「そうよぉ。こんな時に限って誰も来ないしさぁ。私『このまま朝まで続いたらどうしよう』なんて考えちゃったんだからぁ。」

「はははっ、それはそれはご苦労様でしたっ。」

 こうして愉快に話せるのも、真輝ちゃんがちゃんと想いを告げられたからこそ。

「まぁそれでもさ、真輝ちゃんの気持ちが源ちゃんに届いたわけだから・・・取り敢えずは良かったかな。」

「え、取り敢えずは?」

「うん。ぃやねぇ、素子さんが言うには『そう簡単にはいかないかもよ~』だそうだから・・・安心はできないのかも。」

「え?そんなことってある?」

「ふふ、まぁ鈍感に顔書いたような人だからさ、本意が伝わってないって可能性もあるわよね。」

「え~~~・・・?」

「まぁ素子さんもさぁ、船長とは一緒になるまで時間かかったみたいだから・・・なんか、色々思い出しちゃったんじゃない?」

「へぇ~・・・ふふっ、その話もちょっと聞いてみたいなぁ。」

「んふふ、本人のいるときにね。」

「ん・・・は~い。」

 そんな話をしているところに、仕事を終えた棟梁が入ってきた。

「あ、棟梁さん来たっ。」

「ん、あぁ、イズミさんか。いらっしゃい。」

 今日のイズミさんの目的は棟梁。なにやらお願い事があるんだそうだけど・・・。

「ねぇ、棟梁さん棟梁さんっ。」

 いつもの席に座った棟梁の隣に座り直したイズミさん。

「んあぁっ、なんだい?」

 不意な急接近にたじろぐ棟梁に構わず、イズミさんは続ける。

「小屋を建てたいんだけど、頼んだらやってくれる?」

「え、小屋?」

「そうそう。今ね、近所の農家さんたちと話してて『直売所』みたいなの作ろうってなってね。」

「あらぁ、良いじゃない。良くあるわよねぇ、無人のヤツとか。」

「いやぁ、それがねぇヨーコさん。無人にするとさぁ、なんかいろいろあるじゃない?だからさぁ、ちゃんと人が常駐して対面で販売するような形にしてさぁ・・・ねぇ棟梁さん、そういうのって作ってもらえます?」

「あぁ、やれないことは無いけど・・・アレかい?道の駅に出すのはやめるって話かい?」

「ううん、そうじゃなくてさぁ。道の駅は道に駅でやるんだけど・・・やっぱりさぁ、買ってくれる人の顔が見えるって、良いじゃない?」

「あ~、そうよね。買う側も、生産者の顔が見えるしね。」

「そうそうそう。それにさぁ『アレある?』って訊かれて『あ~・・・ちょっと待って、いま採ってくる』なんてことも出来るじゃない?私、アレやってみたいのよねぇ。で、泥んこの大根とか持ってくんの。」

「うん、すごく良いと思うっ。」

「ねっねっねっ、良いわよねぇ。だからさぁ棟梁さん・・・。」

「良いけど・・・ウチでやると、安くないけど良いのかい?」

「うんっ。どうせ作るなら丈夫なヤツにしようって話してるから。・・・あぁ、一応見積もりは欲しいかな?」

「分かった。じゃぁ、見積もりは現地を見てからって事で、いいかな?」

「やった。棟梁さん頼りになるぅ~。」

 まだ正式に決まったわけではないのに、こういうノリの軽いところがイズミさんの魅力だったりもする。

「ふふふ、じゃぁ話が通ったところで、何か作りますか?」

「おぉ、頼むよ。」


 ダダダダ・・・と、アジを叩いてなめろうを作る。今日はいつもの薬味に加えて、たくあんを入れる。

「え?たくあん入れるの?」

 目ざといイズミさんに見られてしまった。

「ふふふ、今日はちょっと変わったものをねぇ・・・うん、こんなもんかな。」

 を取り出し、海苔を敷いた上にご飯を置いていく。

「あ、巻き寿司?」

「うん。ほら『とろたく』ってあるでしょ?マグロが合うんならアジもいけるだろうと思ってねぇ。」

「あ~、いいかもっ。」

 子供のように目を輝かせてみているイズミさん・・・の横で、棟梁も同じような顔してる。

「よいしょっと、どうかな・・・?うん、上手く巻けたんじゃない?」

 断面も良い感じに仕上がった。合格。

「はぁい、なめたく巻き~。」

「おぉ、美味そうなのが出来たねぇ。」

「へへへ~、いただきまぁす。」

 気付けば息の合ってる二人。

「うん、うんうんうん・・・。」

「ん~、たくあんのコリコリが良い~。」

 気に入っていただけたようです。

「ヨーコさん、お寿司屋さんやればいいのに。」

「え~、無理よぉ、シャリ握れないもの。」

「巻き寿司専門の。」

「え~?巻き寿司専門?」

「そういや、押し寿司の型もあったよね?」

「あ・・・ある。」

「あ~、じゃぁちらし寿司も併せて『握らない寿司屋』ってどう?」

「え、それって・・・お寿司屋さん?」

「だって今『回転寿司』に対して『回らない寿司屋』みたいな言い方あるじゃない?それなら『握らない寿司屋』ってのがあっても良さそうじゃない?」

「お~、そうだな。なら俺、看板作るよ。」

「あのね~・・・ふふふ、もう、二人とも調子良いんだから。」

「いやいやヨーコさん、ホントに。コレ、そのくらい美味しいもん。」

「そう?うん・・・気に入ってくれたんなら、時々作るけど。」

「へへへ、やった。また食べに来よっ。」

「じゃぁ『要予約』で。」

「え~・・・ふふっ、分かった。予約してから来る。」

「え?じゃぁ俺も予約が必要かい?」

「もちろんっ。例外は無しよ。」

「え~・・・。」

「へ~、棟梁さんもそこまでは特別扱いされたないんだ。」

「そう、なるべく平等にね。」

「・・・へぃ。」


 そんな訳で、イズミさんも新しいこと考えてやり出してるし、私も何か始めてみよっかな。でも「回らない握らない寿司屋」って、結局「ほぼ居酒屋」よね。それじゃ今とあんまり変わらないじゃない。

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