第132話 じれったい二人 沈黙
源ちゃんがカウンターに座っている。その隣に真輝ちゃんが座っている。二人ともずっと黙って、ただ座っている。
真輝ちゃんは普段は都内で暮らし会社勤めをしているが、休日には港に戻ってきて明音さんとの洋菓子店「しおまねき」の事をしたり、実家の豆腐店のお手伝いをしたり、時にはこうして『ハマ屋』のお手伝いをしてくれたりしている。「しおまねき」の本格的な開店に向けての準備も進めているが、
そんな真輝ちゃんは、ずっと源ちゃんの事を想っている。子供の頃からずっと。港に暮らすみんなは誰でもこのことに気付いているのだが、どういう訳か当の本人である源ちゃんにだけは伝わっていない。思いを伝えきれない真輝ちゃんと、そういう感覚の麻痺している源ちゃん。周りで見ているみんなが、じれったくて仕方なくなってきている。
そんな二人が、黙ってカウンターに並んでいる。
事もあろうに源ちゃんが、
「お前、好きな奴いねぇのか?」
なんて真輝ちゃんに訊いてしまったもんだから、真輝ちゃんは何も言えなくなってしまった。
かれこれ30分は経つが、ずっと二人は黙ったままだ。
何か声をかけるべきなのだろうが、源ちゃんが真輝ちゃんにかけた「あまりにも絶望的な問い掛け」がこの沈黙を作ったことを考えると、言葉を発することすらも躊躇させる。こんな時に限って他に客は無く、酔った漁師のひとりもいてくれたら随分と役に立ったのだが、こういうタイミングの悪さも源ちゃんの持って生まれた特性なのだろうから仕方ない。
波の音だけが聞こえている。
源ちゃんの肩を持つ訳では無いが、源ちゃんがそれに気付く余裕が無いのも分かる。子供の頃から父親の背中を追い、同じ漁師の道へ進んだ源ちゃん。普通なら友との友情を確かめ合ったり、時には恋をしたりする青春時代を「漁師になる」という目標のために捧げ、漁師になってからも漁師仲間や港のみんなに認められたい、何より今では「船長」と呼ぶ父親に認められたいと、無い頭をフル回転させて腕を磨くことに
だが、それにしても鈍感すぎる。なんとか「この想い」に気付かせる
さて、どうしたものか・・・。
さすがに沈黙に耐えかねてか、源ちゃんが愛用の「ぐい飲み」に手を伸ばした。
「私・・・」
すると真輝ちゃんが口を開き、
「あ・・・ん?」
「私・・・源ちゃんが、好き。」
伝えた。
「え・・・、・・・真輝?」
「・・・うん。」
さすがの源ちゃんにも、この意味は伝わっただろう。
「あ、じゃ、じゃぁヨーコさんまた来週ねっ。」
それだけ言うと、真輝ちゃんはサッと立ち上がり『ハマ屋』を出て行った。
「あ、うん。いつもありがとね。」
私にもこれだけ返すのが精いっぱいだった。こんな急に「その時」が訪れるなんて思っていなかったもの。
「なぁ・・・よ、ヨーコ・・・?」
私以上にあっけにとられていたのは、当の本人である源ちゃん。
「いま・・・真輝のヤツ・・・俺の事・・・好き・・・って?」
「えぇ、言ったわよ。」
そう、ついに伝えたのだ。
「あぁ、なら・・・良かった。」
「は?なによ、その反応っ。」
「いやぁ・・・だから、聞き間違いじゃなくて・・・良かった、って。」
「あのねぇ・・・アンタ分かってるわよねぇ。」
「あ、あぁ。ヨーコの事だから『男ならしっかり受け止めてやれ』とか言うんだろ?」
「ん・・・なに、分かってるんじゃない。」
「あ、あぁ・・・船長からいつも『男たるもの・・・』なんて言われてっからな。」
あら、船長からのアシストもあったのね。
「ふふっ。ちゃんと伝わったのなら、それで良いわ。」
「でも、なぁ・・・。」
「んっ?なによ、困ったような顔して。」
「あ~いや、これからどうしたら良いもんかと・・・。」
まぁ、こんな経験したことないんだろうから仕方ないか。
「うん・・・とりあえず、追いかけてみたら?もうとっくに帰り着いてると思うけど。」
「あ、あぁ・・・そう、だな。じゃ、じゃぁ・・・行ってくる。」
そう言うと、源ちゃんも『ハマ屋』を後にした。
「ふふふ、行ってらっしゃい・・・。」
翌日、朝。
その後二人がどうしたのか、何を話したのかは私には分からない。ただ、こうしてとても清々しい顔で船に乗り込む源ちゃんの様子を見ると、真輝ちゃんの想いを不器用なりに受け止めることが出来たのだと思う。
「はぁ、これでこのじれったさとも、おさらばねっ。」
「ふふふ、そう簡単にはいかないかもよ~。」
と、私の隣で笑う素子さん。
「えぇ?さすがに・・・ねぇ。」
「ふっふっふ、こう見えても私、あの子とは長い付き合いなんでねぇ・・・はははっ。」
「あ・・・ふふっ、そうですね。まだ安心できませんね。」
この母の勘は、なかなかに感度が鋭い。まだ油断はできない・・・か。
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