第131話 ある変わらぬ一日

「へっへっへ~ん、今日も私の勝ちだもんねぇ。」

 いつ頃からか始まった日の出との早起きレース。

「最近お寝坊さんなんじゃないのぉ?」

 ただ日の出の時間が遅いだけの話。

「ふふっ。まぁ、今日も一日よろしくお願いします。」

 港の時間に合わせての生活も、慣れてしまえば会社勤めの頃と大きな違いは無い。


 朝の支度をして炊飯器のスイッチを入れたら、港に魚を見に行く。早朝に帰った船の水揚げが行われ、競りに向けた準備が慌ただしく行われている。

「今日はなんかある?」

 こうして誰彼だれかれかまわず聞いても、必ず答えてくれる港の人達。まぁ、みんな『ハマ屋』のお客さんでもあるわけだから、自分のに関する話でもあるのだけど・・・。

「あ~ヨーコちゃん、おはよう。今日はねぇ・・・」

 こんな具合にその日のおすすめや競りにはかからない傷物、時には自分が食べたいものを「ハマ屋用に」と選り分けてくれる。

「じゃぁ、あとで行くからねぇ。」

「はいよ~。」

 ちょっと変わった朝の挨拶だけど、もはや「みな家族」な状態だから形式ばった挨拶は要らない。


「この辺は刺身だからにして・・・」

 なんてブツブツ言いながら捌いている。下ごしらえをしつつ、アラで出汁をとる。「出汁の味が店の味」なんて言ったりするけど、使う魚が毎日違うので当然『ハマ屋』の出汁は毎日違う味になる・・・はずなのだが、何故か皆「変わらぬ安心できる味」と口をそろえて言うので、もしかしたら魚の違いによる味の違いは無いのかもしれない・・・なんて思い始めている。

 そうこうしているうちに、お客さんがやってくる。

「おはようございまぁす。」

 港に住む作家のみなと先生。

「あら先生、今日は早いんじゃない?」

「あ、えぇ。なんか、目が覚めちゃったので・・・。」

 先生はいつも遅い朝食のような早い昼食のような時間にやってくる。そして、決まってアジフライ定食。

「いま油に火入れるから、ちょっと待ってねぇ。」

 揚げ物の準備がまだできていない・・・というか、まだ暖簾のれんも出していない。

「あ~いや、いいですよ。お茶飲んでゆっくりしてますから。」

 特別セルフサービスという訳でもないけど、みんな自分でお茶を淹れて勝手に飲んでいる。

「ふふ、すいませんねぇ。」

「いえいえ・・・。」

「で、先生。どうなんです?新作の行方。」

 先生は今、担当の編集さんの発案で「これまでにない作風」に挑んでいる。

「えぇ、順調なペースに・・・なんとか持ってこれました。」

 編集さんとのやり取りもちょっと見てきたから、その進捗状況はやっぱり気になってしまうのよね。

「うん、それなら良かった。」

 方向性が定まるまでの時間を考えると、実際に書いている時間は長くないのかもしれない。それでも、時折虚空を見つめ「う~ん・・・」と唸っている姿を見ると、「生みの苦しみを味わっているのだなぁ」と思っていたりする。

 油の鍋がジュジュジュと音を立てている。そろそろ良い頃合いだろうか。硬めのパン粉をつけたアジを、油の中に入れていく。この辺のアジはいつ見ても良い型をしている。

「先生、もう少し待ってくださいね。」

「は~い。」

 良い返事。この間にも続々とお客さんが入って来る。だから、まだ暖簾が・・・もう、誰か出しといて。

「は~い先生、お待たせしましたぁ。」

「ありがとうございます。」

 この港の人達は、いつも必ず「ありがとう」とか「どうもねぇ」といった感謝の言葉を添えてくれる。それはコチラのセリフなのに・・・と思うのだが、それがこの港のほのぼのとした雰囲気作っているのだろう。

「いただきます。」

 そう言うと先生は、いつのもアジフライをいつものように笑顔で食べ始めた。


 午後になると漁師たちが呑み始める。朝が早い漁師たちは当然夜も早い。そうなると呑み始める時間は「日の高いうち」となってしまう。はたから見ると「昼間っから良いご身分だなぁ」なんて見えるかもしれないが、これが生活のサイクルなのだから仕方ない。と言うか、他人に言われる筋合いではない。

「ヨーコ~、熱燗二つに揚げ出しに・・・あと、がんもの煮たのね。」

「はいよ~。あ、熱くするの?」

「あぁ、ギンギンでお願い。」

「ふふっ、はいよ~。」

 こうして明日への活力を蓄えて、元気な漁師たちが港の推進力になっている。

「ヨーコ~、こっちももう一本~。」

「は・・・アンタはもうダメ。それで何本目よぉ。」

 時にはこうしてたしなめるのも私の仕事。明日の仕事に響くと困るので言っているのだが・・・。

「そんなこと言わねぇでさぁ、もう一本だけ。」

 なんて、駄々を言う奴には・・・

「ん?また奥さんに怒られるわよ。」

 コレがよく効く。

「あ、わ、分かったよぉ。じゃぁ・・・なんか締めに出して。」

「ふふふ、はいよ。」

 実際漁師の健康管理を任されている部分もあるので、多少は強く言っても良いだろうと思ってやっているのだが・・・。

「ちぇっ・・・ヨーコのケチ。」

 なんて言っている可愛い顔を見たくてやっている部分も・・・まぁ、無くはない。


 そんなやり方をしているから『ハマ屋』も夜は早い。先代からの慣例である「日没には閉店」を私も守り続けている。まぁ、開けていたところでみんな寝てしまうのだから誰も来ない・・・という事でもある。

 暖簾を下げ、後片付けなどをしていると、近所の床屋の女将である素子さんがやって来た。

「ヨーコちゃぁん、ご飯食べた?」

「あ、いえ、まだ・・・。」

「ふふ~ん、じゃぁちょうど良かった。ホイッ。」

 と、大きなおにぎりを持ってきてくれた。

「あぁ、すいません。助かります~。」

 事実、自分の晩御飯を考えるのが面倒になることも多々あるので、こういう心遣いは本当にありがたいし、本当に助かる。

「へへへ、今日のはねぇ、から揚げを細かく切ったのにマヨネーズをまぶしたのが入ってるんだ~。」

「あら、良いじゃないですかっ。ありがたくいただきます。」

「うん、じゃまた明日ねっ。」

「はい、おやすみなさい。」

 本当に私は港の人達に支えられて生きている。


 日が沈むと、海の上には星空が広がる。雲の無い日に限られるが、こんなきれいな星空ならいつまででも見ていたいと思う。

「ふ、ぁあ、ふぁあ~・・・あ。やっぱりもう眠いから寝よ。また、明日もよろしくお願いします、と。」

 港の夜は早い。つまり、私の夜も早い。


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