第130話 猫の心と風の向き
猫の幸一をワシワシと撫でている。お腹を上に向けて、なんとも無防備な姿だ。
「うりうり~。なんだい、そんなに嬉しいかい?」
喉をゴロゴロと言わせているのは、喜んでいる証拠だ・・・と決めつけるのは、人間のエゴなのだろう。実際に喜んでいるのは、撫でている人間の方だ。
「ふふ~ん。アンタ、最近
「ミャ~お・・・。」
「ん?あ、やっぱりあの子かい?」
ここのところ白い猫と一緒にいるのを見かける。
「ミャ~お。」
「ふ~ん。いいけど、あんまり追いかけまわして嫌われないようにねぇ。」
「・・・ミャ~お。」
この会話は、成立しているのかしら。
朝は強かった風も、午後になるとすっかり
「本当にこんな時間から呑んじゃって良いの?」
「あ~、今日はもうおしまいっ。」
「ふ~ん。そんな
「しょうがねぇよ。朝あんな風じゃぁ船は出せねぇし、だからって今頃んなって
「ふふふ、分かった。鈴木ちゃんにもよく言っとく。」
港の漁師たちは、気象予報士でもある鈴木ちゃんの予報を頼りにしている。港周辺から東京湾一帯あたりの予報に特化しているので精度は高いのだが、それでも予報通りにならない事だってある。こちらの都合で天気が動いているわけではないからね。
「でもアレよ?あんまり呑みすぎて暴れちゃダメよ?こないだそこのテーブル直したばっかりなんだから。」
「あ、それか?ならそりゃ俺じゃねぇぜ。」
「そうだけどっ。アンタもその場にいたでしょう?止めれば止められたのに、それでもやらせたんなら同罪よ。」
「あぁん~もう、分かったよぉ。程々にすりゃぁ良いんだろ?」
「そうそう、美味しく呑めるうちにね。」
何を飲んでいるのか分からなくなるくらいまで呑むのは、同席した人にもお酒に対しても失礼な事だと思うのよね。
「で、なんか食べるでしょ?」
「あ~そうだなぁ、揚げ出しに紅ショウガたっぷりかけてくれる?」
「ふふっ、はいよ~、紅ショウガたっぷりねぇ。」
「ヨーコ~、こっちもおんなじの~。」
テーブル席の方からも声がかかる。
「はいよ~、紅ショウガたっぷり?」
「あぁ、たっぷりで。」
「ふふふ、アンタたち仲いいねぇ。」
「あ?あぁ。美味いもんは共有しねぇとなぁ。」
「あ~、なるほどねぇ・・・。」
妙に納得させられてしまうのは、彼らが普段から情報の共有をしている姿を見ているからだろうか。
「それよりさぁ、なぁヨーコ・・・あんまり言うのは良くねぇのかも知んねぇけど、源ちゃんのアレはどうなってるんだい?」
「アレ?」
「あぁ。ほら、なんかいろいろコチョコチョやってるだろ?船宿がどうとか、
「あ~、アレねぇ。源ちゃんもいろいろ考えるわよねぇ。」
「考えるのは結構なんだけどさぁ。あぁも次から次とやられるとさぁ、横で見てて心配んなってきてさぁ。それでも少しは形になりゃ良いんだけど、どれも中途半端だろ?」
「ふふっ、確かにねぇ。」
「なぁ。期待の若手がやる気になってんのは良いんだけどさぁ。いい加減ちょっとねぇ・・・。」
「そろそろ形を見たいわよねぇ。」
「な、そう思うだろ?」
「でもさぁ。何もやらずに先輩たちの後ろ付いて回ってるだけよりは良いんじゃない?やってみたいこと自分で見つけてそれなりに動いてるんだからさぁ。」
「あぁ、まぁな・・・。」
「それより私は、身を固めた方が良いんじゃないかと思うのよねぇ。」
「あ~・・・じれったいよなぁ、アレも。」
「ふふふ、ねぇ。」
「誰か強引にでもくっつけたらいいのに。」
「え、なに?私に『やれ』って言ってる?」
「はははっ、そうは言わねぇけどさ。誰かお節介してやってもいいんじゃねぇかなって、なぁ。」
「ふふふ、考えとく。で、おかわりは?」
「ん、あ~、今日はこの辺に・・・あ、久しぶりに『ねこまんま』もらおうかな、締めにね。」
「うん、はいよ~。」
天候に左右されるからこそ、気持ちの切り替えや「ある種の諦め」の早い漁師たち。毎日が違うからこそ、新鮮な気持ちで日々を過ごせるのだろう。天気の変化、季節の変化。先人からの知恵や知識が、今の漁師を、これからの漁師を支えている。こうして受け継がれていくもので、この町は続いていくんだ。
「うりうり~、そんな嬉しそうに可愛い声出して~・・・ふふ~ん。」
一日の終わりに、猫をワシワシとする快楽。
「ミャ~お。」
コイツは本当は何を思っているんだろう?
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