第128話 作る人 使う人

 シュッシュッシュ・・・と、清々しく切れの良い音。

「ははっ、やっぱ棟梁さすがだわぁ。」

 切れ味の悪くなっていた鰹節の削り器を棟梁に見てもらった。普段からカンナの扱いには慣れてるだけあって、その調整もバッチリ。

「見てぇ、こんなに透けるほど薄く削れてる。」

「ははは、だろぉ?こんぐらいの事ぁ朝飯前だから、いつでも言っておくれよ。」

「ふふふ、ありがと。おかげで助かったわ。」

「それじゃぁ今日は、熱いの一本つけてもらおうかなぁ。」

「あれ、お酒は控えてるんじゃなかったの?」

「あぁ、こないだの検査の時にも数値は安定してるってんで、医者に『多少呑む分には構わない』って言われてさぁ。だから、程々に・・・ね。」

「ふふっ、分かった。程々に、ね。」

 棟梁に熱燗つけるの、ちょっと久しぶりだなぁ。


「でねぇ、そこのテーブルなんだけどさぁ。」

「あぁ、これかい?」

「うん。ちょっとガタついてるのよねぇ。」

「どれ・・・あ~、ちょっとカタカタ言うねぇ。」

「ねぇ。だからさぁ、暇なときにでも直してくれる?」

「あぁ、分かった。見とくよ。」

 こんな具合に、棟梁には時々手直しをしてもらったりしている。

「まったく、漁師ってのはさぁ・・・自分の、その、力加減てのがさぁ、分からないもんなのかねぇ。」

「また誰か暴れたのかい?」

「いやぁ、暴れたって程じゃないんだけど・・・酔っぱらってひっくり返って、やっとこ立ち上がったかと思ったらしまいにゃ突っ伏して。そうやってガンガンやるもんだから、いくら丈夫に出来てるもんでもおかしくはなるじゃない?」

「あ~、まぁ確かになぁ・・・。」

 思い当たる光景は棟梁にもあるのだろう。

「まぁ、その都度直してやればいいんだけどさぁ。少しは加減してくれないもんかと思うわよねぇ。」

「ははは、そりゃぁなかなか難しいお願いだなぁ。」

「ふふ、やっぱり?」

「あぁ。もともと力自慢な上に酒が入っちまっちゃぁ、抑えは効かなくなるわな。」

「そうよねぇ・・・。」

「だからさぁ、前にもおやっさんに言われたんだけど・・・『壊れないようにじゃなくて、壊れても直せるように作ってくれ』ってさ。」

「あれ?これって棟梁が作ったの?」

「あ~、全部じゃねぇけど・・・もともとはウチの師匠が作ったもんでさぁ、それを真似して作ったもんもある。」

「へ~・・・大工って、家具も作れるのね。」

「ははは、みんなある程度はできると思うよ。特にウチの師匠は器用だから、良く欄間らんまなんかも作ってた。」

「欄間?よく和室の上の方にある、アレ?」

「そうそう。まぁ、あまり派手な装飾じゃぁ無かったけど、花とか雲とか・・・うん、よく掘ってたなぁ。」

「へぇ~・・・。」

 そんな師匠はいま、田舎に引っ込んで趣味の養蜂を中心とした生活をしているらしい。

「そんな姿見てたからさぁ・・・まぁ、こういう事やるのが普通だと思ってるんだ。」

「ふ~ん・・・ふふふっ、じゃぁ息子さんもそういう感じになるのかしら。」

「あ?あぁ、アイツは俺より器用だからいろいろ作り出すと思うよ。勝手に。」

「勝手に?」

「ははは、あぁ。こないだなんかも『端材を見ると、うずくんだ・・・。』なんて言ってたっけ。ははは、良い傾向だよっ。」

「良い傾向なの?」

「あぁ。作りたくなるってのは、良い傾向だろ?」

「まぁ、嫌になるよりはねぇ・・・。」

「だろ?うまく育ってくれたよ。」

「ふふ・・・そうなると、奥さんは大変ね。」

「あ?あぁ、そうだなっ。お嫁さんは大変かもしれねぇなぁ。ははは。」

「棟梁もね。」

「あ・・・ははっ、ウチもかっ。」

「そうよぉ。」

「ははっ・・・そう、かなぁ・・・?」

「ふふふ、もう。じゃぁ、そろそろ締めにする?」

「あぁ、そうだな。愛する女房殿が家で待ってるからなぁ。」

「たまにはお土産持ってたら?」

「あ、あ~、そうだなぁ。何か作ってくれるかい?」

「ふふふ、はいよ~。」


 作る人、使う人。壊す人、直す人。使う人がいるから、その人のために作るのだけど、時には「作りたい」という衝動で「頼まれもしないのに作る」という事もあるのだそう。職人のさがというものなのか、それともある種の欲求不満なのか・・・。

「ふ~ん・・・『端材を見るとうずく』か・・・。」

 なんだか、自分も似たようなものな気がしてきた。

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