第127話 青さも魅力

「ん、んん?やっぱり、美味しくないわねぇ。」

「はははっ、ねぇっ。だから生で食べても美味しいくないって、はははっ。」

「もう青臭いし、食感ガリガリだし、酸っぱいだけで旨味もなんもあったもんじゃない。」

「そりゃぁさぁ、熟す前のトマトなんてそんなもんよっ。」

 農家のイズミさんが熟す前の摘果てきかしたトマトを持ってきた。美味しいトマトを作るための犠牲になる子たちを、そのまま捨てるのは勿体無いと思うのは分かるのだけど。

「ねっ、だからさぁ。ヨーコさんなら美味しく調理してくれるんじゃないかと思って持ってきたんだけど・・・やっぱダメ?」

 そう聞かれると、何かひねり出さなきゃ格好がつかない。

「ん~、そうねぇ・・・この酸味は何かに使えそうよね。食感も充分にあるし・・・。」

「んふふ、何か生まれそう?」

「うん・・・ちょっと、試してみる。」

「ホントっ?やった、じゃぁまた明日来ますから、それまで何かお願いします。ねっ、ねっ。」

 そう言い残すと、いつものように元気よく出て行った。

「う~ん・・・なんだか、押し切られちゃった、かな。」

 こうしてまた一つ、宿題が増えた。


「ん~・・・酸味と、この硬さと・・・。」

 他に長所らしい長所は見つからないから、この二つをどうにかして活かしてやりたい。

「ん?これだけ硬いんだから・・・。」

 きっと薄くスライスすることも出来るはず。

「うん。ふふ、もっといけるかしら?」

 透けるほど薄くスライスしても、しっかりとトマトの輪郭を保っている。

「へへっ、なかなかやるじゃない。でも、肝心なのは・・・。」

 そう、肝心なのは味。青臭さは少々気になるが、これだけを食べるのでなければ「良いスパイス」なってくれそうだ。

「ふ~ん、これならサラダに入っててもおかしくは無いわねぇ。ん?刺身のつまにもいけるのかしら・・・?」

 カツオのたたきにたっぷり薬味を乗せる・・・そんなことを思い出してみたり。

「ふふふ、うんうん、いいんじゃない?じゃぁ、次は・・・。」

 この酸味が、梅干しのように感じられたり、酢の物のように感じられたり・・・。

「ん、そういえば・・・。」

 タルタルソースに、ピクルスの代わりに柴漬けを入れるという話を聞いたことがある。

「うん、ありかもっ。」

 みじん切りにしても形を保っていられるくらいの硬さがある。切り応え十分。若いって良いなぁ。中のジュルジュルの部分も使えそうだから、あとで一緒に入れてしまおう。

「あ、ゆで卵ぉ・・・あ~、先に茹でとけばよかったぁ。」

 仕方ない。茹でてる間に、もう一つ何か・・・。

「ん?茹でる・・・おでん、か?」

 トマトのおでんはすっかり定番化した感があるが、青いトマトでやったらどうなるのかしら。

「ふむ、やってみるか。」

 出汁は魚のアラで取った美味しい出汁がある。いつでもあるっ。

「あとは少し醬油を足せばいいかなぁ・・・?」

 一応トマトには十字に切れ込みを入れておいた。これで充分しみてくれるだろう。

「ふふっ、かなかな良い絵面じゃない。」

 黄金色に輝く出汁に、プカプカと浮かぶ青いトマト。

「じゃぁ、あとは・・・。」

 こうして考えてる時間も、私にとっては楽しい時間。


 翌日。イズミさんとの試食会。

「へぇ、タルタルねぇ・・・。」

「ちょっと水っぽくなっちゃったけど、結構イケるわよ。」

 そのままをスプーンで一口。

「ぅん・・・うんうん。あぁホント、美味しいわねぇ。これならウチでも真似できそうだわ。」

「ね?フライにも合うし、サンドイッチなんかにしても美味しいと思うのよねぇ。」

「あ~、イケそうっ。うんうんうん、やってみる。」

「ふふふっ。じゃぁ次は、おでんなんてどう?」

「おでん?」

「うん。やってみたんだけど・・・どうかなぁ?」

「ん?ヨーコさんが『どうかなぁ?』って言うことは・・・?」

「ふふっ、まぁ食べてみて。」

 黄金色のに輝く出汁に、プカプカと浮かぶ青いトマト。見た目は美味しそうだけど・・・。

「ん・・・ん?ん~・・・食感は良いけど・・・しみてる?」

「これでも一晩置いたのよぉ。」

「うん・・・これは、ねぇ。」

「ねぇ。中くりぬいて肉詰めにでもしたらイケそうなんだけどねぇ。」

「あぁ、それならイケそう。」

「でも、ちょっと手間なのよねぇ。硬いし。」

「あ~、確かに・・・これやるんなら熟してからの方が良いかも。」

「ね。」

 最近気が付いたけど、イズミさんとは舌の好みが似ている気がする。

「じゃぁ、最後にもう一つ。」

「あら、まだあるの?」

「ふふふ、ちょっとこれ見てぇ・・・。」

 透けるほど薄くスライスした青いトマト。

「なにこれぇ、綺麗ねぇっ。」

「ただ薄~くスライスしただけなのよ。」

「へぇ~・・・。」

「そのまま食べてみて。」

「え、そのまま?」

「うん、そのまま。」

「う、うん・・・ん・・・ん?美味しい?え?何やったの?」

「ううん、何も。ただスライスしただけ。」

「へ~っ、スライスしただけで?青臭さ気にならないわねぇ。」

「ね?これなら、そのままでもサラダなんかに使えそうだと思わない?」

「うんっ、イケるイケる。」

「でねぇ、それをさらに千切りにしたのでこんなの作ってみたの。」

 細巻き。かっぱ巻きのキュウリの代わりに青いトマトを使ってみた。

「慣れないもんだから、ちょっと不格好なんだけどさぁ。さっきのタルタルつけて食べてみて。」

「へ~、なるほどねぇ・・・はむ・・・ん・・・うんっ。やだ、美味しいっ。食感も良いし酸味の具合も良いし・・・タルタルも合う~。」

「ふふ、でしょ?」

「ねぇねぇ、コレいろいろ仲間に紹介しても良い?みんな喜んで食べるわよ~。」

「ふふふ、うん。みんなで試してみて。」

 美味しく食べてくれるのが、なにより嬉しい。その輪が広げれば、なお嬉しい。


「いやぁ、いろいろ勉強になったわ~。ねぇ、またなんかあったら持ってきて良い?」

「ふふふ、ダメって言っても持ってくるんでしょ?」

「アレ?バレてる?」

「いつでもいらっしゃい。私も刺激になって、結構楽しんでるから。」

「んふふふ、ではお言葉に甘えてまた持ってきますねぇ。」

 そんなイズミさんを見送って、今日も日が暮れる。

「はぁ~・・・っと。ふぅ、また引き出し増やしとかないとなぁ・・・。」

 料理を作るって、大変だけど楽しい。いや、やっぱり大変。

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