第125話 売れない子 美味しい子
朝の港を徘徊すると、毎日のように「競りに掛からない魚たち」に出会う。型が小さかったり、傷があったり、数が揃わなかったり、知名度が低すぎたり・・・。
この日もそんな子に出会った。
「あ~ヨーコちゃん、良いところに。」
「ん、なになに?」
こんな具合に漁師や仲買の人達が声をかけてくる。
「タチウオなんだけどさぁ、ちょっと見てよ。」
「あぁ、だいぶ短いわねぇ・・・。」
尻尾の方が大部分ちぎれて無くなっている。胴の太さがかなりあるので完全体ならいくらで取引されたかを考えると、勿体無くもあり残念でもある。
「だからさぁ、また頼むよ。」
「うん、分かった。」
安値で買い叩かれるくらいなら『ハマ屋』に頼んでみんなで消費しよう。という共通認識が私が来る前からあったようで、自然と私もそういうやり取りをしているのだが、こういうことはどこの港にもあることなのかしら。
そんなタチウオを持って帰ってきて、早速下ごしらえをする。
「ふふっ、前からやってみたかったことがあるのよねぇ・・・。」
ゴボウをささがきにして水にさらしておく。
「これだけ大きいと、作り甲斐があるわね。」
あらためて見ると本当に立派なタチウオ。こうしてまな板の上に乗せてみると、より一層その大きさを感じる。そういえば、タチウオもスズキ目だっけ?
「ん~・・・このくらいで、いいかしら?」
適当な大きさに切り分けたら下ごしらえはおしまい。あとはみんなが来てからやる。
「・・・の前に、むふふ。」
つまみ食い。タチウオは刺身でも美味しい。
「へぇ~、結構凝ったもんにしたんだねぇ。」
「へへっ、たまにはこんなのも良いかと思ってねぇ。」
柳川鍋風に仕上げてみた。実はそれほど凝った料理では無いことは、この際内緒にしておこう。
「うんうん、案外タチウオでやっても合うもんなんだねぇ。」
「でしょ?ほらタチウオってさぁ、火通すと身が柔らかくなるじゃない?だからさぁ、柳川にしたら合いそうな気がしてたのよねぇ。」
「へぇ・・・あ~じゃぁさぁ、タチウオ持ってきたらまた作ってくれる?」
「あぁ、うん。美味しいゴボウのある時にね。」
「美味しいゴボウか・・・?あ、じゃぁゴボウも持ってくるわ。」
「はははっ、それなら助かるっ。」
「ヨーコぉ、七味ある?」
別の漁師から声がかかる。
「あるわよ~。あれ、味薄かった?」
「いやぁ、そんなことねぇけど・・・酒にはもう一声欲しい。」
「あぁ、なるほどぉ・・・。」
ご飯に合う味の濃さと、お酒に合う味の濃さは同じようで少し違う・・・らしい。日々勉強。
「おかわり欲しい人~、まだあるわよ~。なんなら夜の分もあるわよ~。」
それだけ立派なタチウオでした。
朝の港を徘徊していて、思わぬ出会いをする。勿体無い子だったり、かわいそうな子だったり、残念な子だったり、初対面な子だったり・・・その度に「ヨーコ頼むよ」なんて言われて、その子達の相手をすることになる。毎回良い勉強になるし、ある種の創作意欲のようなものが刺激されて新鮮な日々を過ごすことが出来ているけど、裏を返せばそういう子達が『ハマ屋』に来るということは、その分の漁師たちの稼ぎが減っているという事だから、正直複雑な心境ではある。本当ならそういう子達でもちゃんとした値段が付くと良いんだけど、買う側からすると親切心を発揮してばかりはいられないのだろうから、多少は仕方ないのだろうね・・・。
「ん~・・・我々漁師としても悩ましいところではあるのですが・・・かと言って『高く売れる魚だけをとる』ということも出来ないので、致し方ない部分はあるのかなぁと。」
船長の言葉が、今日は
「そうよねぇ・・・。まぁ、おかげで美味しい魚が安く食べられてるわけだけどさぁ。もう少し市場には柔軟性があってもいいと思うのよねぇ。」
「うむ、それはそうですね。食べ慣れた魚は確かに美味しいですし、安心感もありますけど・・・知名度の低い魚の中にも美味しいヤツがいるってのを、もう少し知ってもらいたいですねぇ。」
「うん、ねぇ・・・。あ、もう一本?」
「あ、いえ。今日はこのくらいにしておきます。」
漁師の夜は早い。まだ日があるうちに一日を終え、明日の漁に備える。
「では、また明日。」
「はぁい、毎度どうも。」
そんな漁師達の頑張りに報いるためにも、私も頑張って美味しい料理を作らなくっちゃ。
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