第124話 みかんの香りのお届け物

 私には「祐子」という唯一と言っていい気の置けない友人がいて、巡り巡って今では和歌山のみかん農家になった彼女と、月に一度手紙のやり取りをしている。もう20年以上続いているのだから、コレもすっかり人生の一部になっている。


 昼間、そんな祐子から小包が届いた。

「ふぅん、何かしら・・・。」

 普段は手紙ばかりのやり取りに、時折こういう「実態を伴ったもの」が送られてくる時がある。

「ん・・・ふふっ。」

 小包を開けると「試作品っ!」と大きく書かれたモノが二つと、いつもの封筒が入っていた。

「おぉ、これか~。」

 以前祐子が「実験的に作ってみてるものがある」とほのめかしていたモノが出来上がったようだ。

「ふふふ、早速淹れてみましょ。」


「へぇ~、みかんの葉っぱのお茶ねぇ・・・うん、結構おいしいもんだね。」

 味わうのは棟梁。

「ねぇ、結構良いですよね。まぁ、実際にはみかんの葉だけじゃ『あまりにも健康茶過ぎる』って緑茶も混ぜてるそうですけど。」

「あぁ、なるほどねぇ。うん・・・うんうん、渋みの中に甘い香りがあって、不思議だねぇ・・・葉っぱなのにちゃんとみかんを感じるんだよ。」

「これでもまだ納得いってないようですよ。」

「へぇ、これでかい?アレだねぇ、結構こだわるタイプなんだね。」

「ふふふ、きっともっと美味しいのを知ってるのよ。で、今日は何にする?」

「そうだねぇ・・・なんか丼ものがいいかねぇ。このお茶に合いそうなヤツ。」

「ふっふっふ、そう来ると思ってねぇ・・・今日はカツオを漬けにしたのがあるのよ~。」

「おぉ、いいじゃないそれ。」

「ふふぅん、すぐ出しますねぇ。」

 カツオは刺身でも美味しいしで食べるのも好きだけど、こうして漬けにするのもまた美味しい。刻んだ大葉とからめてからご飯に乗せ、その上からゴマを擦ってやる。

「はぁ~い、カツオの漬け丼ねぇ。あ、半分残しといてね。」

「え?あ、あぁ・・・。」

「ふっふっふ、お茶漬けにしても美味しいのよ~。」

「あ~、なるほどっ。うん、分かった。半分ね。」

 最近棟梁はお酒を控えている。医者に「少々控えるように」と言われたことを奥さんの報告すると「じゃぁ当分呑んじゃダメ」と飲酒自体を禁止されてしまったのだそう。それで本人落ち込んでるのかと思いきや意外とそうでも無くて、お酒の無い世界をそれなりに楽しんでいるようだ。

「はぁ~、お茶漬けもいいねぇ。こんなんいくらでも食えちゃうよねぇ。」

「ふふふ、あんまり食べすぎはダメよぉ。今度はご飯まで取り上げられちゃうわよ。」

「お、おぉ、それはいかんねぇ。程々にしとかねぇと・・・。」

 酒を断つとご飯の量が増える・・・そんなことって本当にあるのね。

「それにしても、お酒を呑まない棟梁を見る日が来るとは思わなかったわ。」

「はははっ、そうだね。自分でも、よく我慢出来てると思うよ。」

「このまま続きそう?」

「いやぁ~、どうかなぁ・・・今は楽しめてるけど、いずれ恋しくなるんだ思うよ。」

「ふふふ、そうよね。このまま一生呑まない、なんてことにはならないわよね。」

「あぁ。まぁ、おかげで毎日快調だから呑む量は減るだろうけどね。」

「うん、そうね。」

「少なくとも『正体無くなるまで呑む』ってことは、もう無いと思うよ。」

「ふふふ、それは大歓迎。」

「あら、そうなの?」

「そうよ~、大変だったんだからぁ。大きな大人を家まで帰すのってさぁ・・・そうやっちゃぁ毎回奥さんに怒られてるんだから。」

「うぅ・・・そうでした。」

 その辺は心当たりがあるらしい。

「ふふふ。まぁねぇ、これを機に『程々に呑む』ってことを覚えてくれたらねぇ・・・。」

「はい、肝に銘じます・・・。」

「ふふっ。ねぇ、もう一杯どう?ぬるめのお湯でじっくり出すと、また味わいが違うんですって。」

「おぉ、いいねぇ。お願いお願い。」

 また新たなお茶の香りが『ハマ屋』を満たす。港に暮らす人達の日々の労をねぎらう。これからも『ハマ屋』はそんな存在でいたい。


 そうそう、祐子に返信を書かなくちゃ。今月は何を書こうか・・・このお茶の感想はもちろんとして・・・あぁそうだ、唐辛子を炒めた時の話はまだだったわよね。あ、今度私からも何か送ってやろうかな。その為にも、何か港の名物を・・・名物を・・・ん~・・・無いなぁ。

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