第123話 ほの字の描き方

 真輝ちゃんと二人、肩を並べてガチャガチャと食器を洗っている。時々こうして手伝ってくれるので助かるのだけど、こういう時はだいたい悩み事や相談事のある時。

「ヨーコさん・・・?」

「・・・ん?」

「私・・・どうしたらいいんでしょう?」

「ん?どうしたの?」

「あの・・・私・・・。」

「・・・ふふっ、なぁに?」

「あの・・・デートに、誘われてしまって・・・。」

「あら、素敵じゃない。」

「ぅん、でも・・・。」

 源ちゃんにな真輝ちゃん。その誘いに簡単には乗れない気持ちも分かるけど・・・。

「行ってきたら?」

「でも・・・私。」

「行ってちゃんと伝えればいいじゃない『好きな人がいるのでお付き合いはできません』って。」

「でも、それだと・・・『付き合う気もないくせにデートに来て男に金使わせるヤツ』って思われないかなぁ・・・。」

「ふふふ、考えすぎよ~。もしそんなこと言うような『ちっちゃい男』なら、そもそも相手にしちゃダメ。」

「あ・・・う、うん・・・。」

 そのくらいのことが分からない真輝ちゃんじゃないから、きっと悪い人じゃないんだろうけど。

「で?どんな人?」

「あ、うん・・・会社の、同期の子でね。同期の仲間なんかでランチに行く時なんかはいつも一緒で・・・その、まじめで穏やかな子・・・。」

「うん・・・良さそうな子じゃない。」

「そうなんだけど・・・。」

「ん?『そういう対象では見ていない』って?」

「ん、う~・・・うん。」

「ふふっ。なら尚更、ちゃんと会って自分の気持ちを自分の言葉で伝えなきゃ。」

「う、う~ん・・・。」

「ねぇ、そうでしょ?そんなまじめで穏やかな子が勇気を出して真輝ちゃんを誘ったんだったらさ、その気持ちにはちゃんと応えてあげなきゃ。ねっ。」

「ん、うん・・・。」

 普段は面倒な食器を洗う作業も、こうしてお話ししながら二人でやると速く終わるし・・・なんか、楽しい。

「ふふふ。真輝ちゃんにも彼のような勇気があればねぇ。」

「え、えぇっ?そ、それを言われると私弱いなぁ~。」


 数日後。少しさっぱりした表情の真輝ちゃん。

「で、どうだったの?」

「う、うん・・・。ちゃんと、伝えてきた。」

「うん。それで?その子はなんて?」

「うん・・・最初は、ガッカリと言うか・・・悔しそうな顔もしてたけど。なんか・・・『ガンバレ』って言われちゃった。」

「あら、ふふふ。応援されちゃんったんだ。」

「うん。『ちゃんと言わなきゃダメだ、フラれたら俺が全部受け止めてやる。』だって。カッコつけちゃって・・・。」

「ふ~ん・・・いい子じゃない。」

「そう、なんだけどね・・・。」

「ふふふっ。ねぇ、源ちゃんやめてその子にしたら?」

「え、ちょ、ちょっとヨーコさん?」

「好きな人と一緒になるのと、好きになってくれた人と一緒になるのと・・・どっちが幸せなのかしらねぇ・・・?」

「ん~・・・もう、ヨーコさんの意地悪っ。」

「ふふっ。もう、冗談よっ。」

 半分は冗談だけど、真輝ちゃんには源ちゃん以外の人にも目を向けて欲しいと思っている。世の中は広いし、本当にいろんな人がいるからね。

「だからね、ヨーコさん・・・私、ちゃんと源ちゃんに・・・伝えるから。」

「ぅん・・・?」

「ちゃんと気持ち伝えて・・・その・・・受け取ってもらう、から・・・。彼にもらった勇気に、ちゃんと応えなきゃ、ね。」

「うんっ。」

「へへへっ、私こんな話するの何回目だろうね。」

「ふふふ、ホントねっ。」

「ふふっ。今度こそ・・・ね。」

 それは私にというより、自分に言い聞かせるような強さを持った言葉だった。

「で?いつ言うの?今日?明日?」

「へっ?も、もうヨーコさんったら、子供じゃないんだから~・・・ふふふ。」

「え~、でも『思い立ったが吉日』って言うじゃない?」

「そうだけどぉ・・・。」

「勇気が足りない?」

「そ、そうじゃないけど・・・今じゃ・・・。」

「いい加減、見ているこっちがじれったいんですけど?」

「う・・・それを言われるとぉ・・・。」

「ねぇ、やっぱり源ちゃんやめてその子にしたら?」

「えーっ、どうしてそうなっちゃうかなぁ。」

「今なら受け止めてくれるんでしょ?」

「そうだけど・・・私、源ちゃんが良い・・・。」

「ふふふっ。ならさ、早い方が良いと思うけど?」

「う、うん・・・。」

 こんなじれったい子だけど、源ちゃんへの思いは一途なんだから・・・やっぱり応援しなきゃダメなのよね。

「それにしてもさぁ・・・源ちゃんって、そんなにイイ男かなぁ?」

「んっ?ヨーコさんっ?」

「ん?ふふっ、ごめんごめん。」

 この恋、もう少し時間がかかりそうな予感。

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