第120話 源ちゃんの試み 生簀

 『ハマ屋』の裏手は山になっていて、そこを登っていくと神社がある。おそらくどこの港にもある豊漁と漁の安全を祈願した神社だ。境内からは港が一望でき、その向こうには東京湾が広がっている。

「う~んっ、ここはいつ来ても気持ちいいわねぇ。」

 特にこんな雲ひとつ無い青空の日は尚更だ。

「よし、では今日も一日よろしくお願いします。」

 よほど天気が悪くない限り、毎朝来るようになった。みんなの漁がうまくいくように、みんなが無事に帰るように・・・。


 休みの日の港は、実に静かだ。そんな港の片隅で、源ちゃんがひとり生簀いけすを覗き込んでいる。

「源ちゃん、おはよう。何してんの?」

「あぁ、ヨーコか。コレな・・・アレだ。」

「あ、あのねぇ『コレがアレだ』じゃ分かんないわよ。」

「あ~だから・・・貝の養殖の・・・アレだ。」

「ふふふ、もう。」

 源ちゃんが進めている計画のひとつの「貝の陸上養殖」が動き始めた証が、いま目の前にある生簀だ・・・が。

「ん?なに、海藻しか入ってないじゃない。」

「いやぁ、いるんだ、下に隠れてっけどな。」

「え?あぁ、ホント。いるわねぇ・・・なに、もうここまで育てたの?」

 充分な大きさのサザエやらなんやらが、いくつも入っている。

「いやいや、そうじゃねぇ。とりあえずこの生簀で生かしておけるかどうか、検証してるんだ。生かしておけないようじゃぁ、育てるなんてできねぇだろ?」

「あぁ、まぁそうね。」

 思った以上に道筋がしっかりしている。さては誰かの入れ知恵だな?

「だから、まずはコイツらをしっかり生かしておける環境を作れるようにならねぇと、な。」

「ふ~ん・・・いま食べたら美味しいのに。」

「あっ、あのなぁ。ヨーコは食うことばっかりだなぁ。」

「ははは、冗談よっ。」

「もう、油断ならん奴だなぁ。アレだぞ、夜中にとって食うなよ?」

「分かってるわよ、もう。ふふふ。」

「で?ヨーコは今日も釣りか?」

「あ?あ~、そうね。天気も良いしね。カワハギあたり狙ってみようかしら。」

「船、出すか?」

「え?いいわよ、そこまでしてくれなくても。」

「たまには良いんじゃねぇの?」

「え~、でも源ちゃんと二人きりなんでしょ?」

「イヤか?」

「そりゃぁ、そうでしょ。なにされるか分かったもんじゃない。」

「あっ、あのなぁ・・・もう、信用がねぇなぁ俺も。」

「ふふふ、誘うんならもっと若い子誘いなさい。」

「あぁ・・・っもう、分かったよ。ならもうさっさと行けって。時合いを逃すと釣れるもんも釣れねぇぞ。」

「あ~、はいはい。若くない子は行きますよ~だ。ふふふ。」

「あ・・・んだよ。」

 黙って生簀を覗き込む源ちゃん。この姿に惚れてる子がいること、教えてやりたいけど・・・さすがにお節介よね。いやっ、そろそろ気付けよっ。


 堤防の突端で、糸を垂れる。

「さ~て、そろそろ頼むわよ~。お昼がかかってるんだからぁ。」

 こんなこと言ってるから「ヨーコは食うことばっかり」なんて言われちゃうんだな。

「ふっふっふ・・・いいじゃないの。どうせ食べるんなら美味しい方がいいもの。」

 刺身と煮付けで豪華なお昼にするんだもん。

 今日は風が穏やかで、雲の流れもゆっくり。その上に波も穏やかときたら、ちょっと沖へ出てボ~っとするのも悪くないわね。遮るものの何もない海の上で、大きな青空に包まれて、ただ何も考えず時間の流れだけを感じている。そんな贅沢な一日の過ごし方も、港町に暮らしていたら出来ないことも無い訳で・・・ん?船の免許取ったら私にも出来るのか?いや、そこまでしなくても、こうして堤防の突端でのんびりするだけで、充分贅沢な時間の過ごし方よね。

「う~ん。それにしても・・・当たりすらないわねぇ。」

 いい加減釣れてくれないと、私のお昼ごはんが・・・。

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