第119話 煙が赤かった・・・

「これもイズミさんとこで採れたやつ?」

 農家のイズミさんが、袋に一杯の唐辛子を持って来た。

「あ~、ううん。これはねぇ、近所でウチと同じように少量多種でやってる仲間がいてねぇ。そこの人が『試しに作ってみたら思ったより大量にできちゃって、どうしよう』って言うから、『なら当てがあるよ』って持ってたんだ。さすがにこの量じゃ使い切れないからさぁ、ヨーコさんなら何とかしてくれるんじゃないかなぁって。」

 すっかり便利屋扱いされてる気がするけど・・・まぁ、悪い気はしないから、いいか。

「こんな立派なのがこの辺でもできるのねぇ。」

「ねっ。その人もビックリしてた。サイズも量も辛さもすごい、って。」

「あ~、やっぱり、結構辛いの?」

「うん。本格的な辛さっ。」

「へ~・・・で?これ、どうしたらいいの?」

「へへへ、その辺はヨーコさんの腕で・・・。」

 要は「丸投げ」ってことね。

「う~ん・・・分かった、なんかやってみる。」


 とは言ったものの・・・。

「ふぅ~ん、どうしようかしら・・・?」

 イズミさんが帰ってからも、いろいろと考えてみている。

「ペペロンチーノ風の白身魚のソテーとか美味しそうだけど・・・この量を消費することを考えたら、もっと大量に使う料理が良いわよねぇ・・・う~ん。」

 唐辛子って日持ちはするはずだけど、だからってずっと置いておけば香りも辛さも飛んでしまうだろうから、なるべくなら早く使い切ってしまいたい。

「う~ん・・・やっぱり調味料にしちゃうか・・・な?」

 使いまわしのくものにしてしまえば、きっとすぐに使い切ってしまうだろう。

「そうなると・・・唐辛子味噌、だな。」

 焼き物にも揚げ物にも合いそうだし、なんなら刺身でも合うかもしれない。もちろん白いご飯にもっ。

「うん、よしっ。」

 その代わり、これを作るのには覚悟が要る。

「ふぅ・・・やるか。」

 まずは唐辛子を粗みじんにしていく。

「く~っ、結構くるわねぇ~。」

 目だけではなく、指先からもその辛さが伝わってくる。

「換気扇、今日は全開よっ。」

 普段はのんびりと働いてくれる換気扇だが、今日ばかりはそのフルパワーを見せつけてもらう。

「さぁ、覚悟の時間よ。」

 唐辛子を炒めていく・・・と言えば、何が起こるかはお分かりだろう。強い刺激を伴った煙が一気に上がり、目や鼻や喉、その他の粘膜という粘膜を直撃する。

「エホッ・・・ゴホッ・・・くぅ~、コレも、美味しいご飯をぉ、食べるため~・・・。」

 なんて食い意地の張った女なのかしら・・・私ったら。

「う~・・・こんな、もんかなぁ?」

 充分に炒たまったところで、火を弱めて味噌を入れる。

「ん~・・・はぁ~・・・ふぅ、少しはイイ匂いになってきたかなぁ?」

 途端に味噌の香りが広がり、先程までの辛さを包み込んでくれる。香りの強さだけを言ったら、唐辛子より味噌の方が強いのかもしれない。

「ヨーコちゃんっ、どうしたの?なんの匂いっ?」

 そこへ慌てて飛び込んできた素子さん。

「あ~、すいません。すごい匂いでしたでしょう?」

 こんな匂いを大量に放出することになった経緯を、素子さんに説明する。少々むせながら。

「ふはははっ、そういうことだったのねぇ。ははは、それはご苦労様でしたぁ。」

 腹がよじれんばかりに大笑いする素子さん。

「ふふ、もうほんとにねぇ。覚悟はしてましたけど、ここまでの事になるとは・・・あぁ、味見てもらえます?いま私、それどころじゃなくって・・・。」

「あぁ、うん。分かった。」

 出来立ての唐辛子味噌を小皿で出してやる。今の私は、味見をするどころじゃない。鼻も涙も止まらないし、きっと味覚も麻痺しているだろう。

「どれどれ・・・ん・・・ん~っ、結構辛いわねぇっ。あぁ、でも味噌の甘みもあって美味しい。」

「ホント?なら良かったぁ、報われたぁ~。」

「はははっ。ねぇねぇ、これ何に使うの?」

「あ~、何にでも合いそうだなぁって思ってるんですよねぇ。焼き物にも揚げ物にも。」

「あぁ、そうね。ご飯にもねっ。」

「ふふふ、そうなんです。」

「じゃぁなに、しばらくはコレを味わえそうなの?」

「えぇ、美味しいものは美味しいうちに、ね。」

「あら、楽しみっ。」


 後日。

「やっぱりヨーコさんのとこに持ってきて良かったわぁ。」

 スズキのフライに唐辛子味噌をつけて味わうイズミさん。

「ねぇ、ヨーコさん。コレいっぱい作って売りましょうよっ。」

「あのねぇ、さっきも話したけど、大変だったのよ~。」

「でも、コレ絶対売れますって。」

「作る苦労を考えたら儲からないわ。」

「そんな殺生なぁ。」

「ふふふ、まぁ作って作らないこともないけど、毎回同じのができる保証はないわよ?」

「う~、ヨーコさん、頼りにしてますぅ。」

 こういう表情されちゃうと「じゃぁ自分でやれば」なんて言えなくなっちゃうわよね。

「じゃぁ次は、ペペロンチーノ風のソテーなんてどう?」

「あぁっ、良いですねぇ。お願いしますっ。」

「ふふふ、ちょっと待っててねぇ。」


 まぁどちらにしても、今度やるときは外でやるわ。

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