第118話 責任感について考える男
ある休日。
「こんにちは・・・。」
「いらっしゃい・・・ん?あれ、今日はひとり?」
「あ、はい。そうなんです・・・。」
入ってきたのは、美冴ちゃんがよく「アイツ」と呼んでいる大学の釣りサークルの子。
「美冴ちゃんなら、今日は遅くなるわよ。」
今日は午後から美容院でのバイト・・・という名の修行。
「えぇ。あぁ、いえ、違うんです。今日は・・・。」
と言いかけたところへ、源ちゃんが入ってきた。
「おぉ、来てたか。待たせたかい?」
「あぁいえ、今着いたところで・・・。」
「ん?なに、ふたりして。悪巧み?」
「そ、そんなんじゃねぇよ。なぁ。」
「えぇ。これはれっきとした、真っ当な、一切やましいところのない打合せです。」
なんて言葉を重ねるあたりに、妙な可愛らしさを感じる。
「そう?ならいいけど。なんか食べる?」
「あぁ、はい。軽く、お願いします。」
「こっちも頼むよぉ。」
「ふふふ、はいよ~。」
なんか、ふたりのリズムが合ってきてるような気がする。
二人が話し出したのは源ちゃんが以前から計画していた、釣り船や宿の話。釣りが好きで港での暮らしに興味を持っていた「アイツ君」に「それなら手伝うか?」と源ちゃんが声をかけたのだそう。彼も彼で釣りを趣味で終わらせるつもりは無いようだから、お互い前向きに話は進んでいるのだと思う。
「まぁ、そういうわけだからさぁ・・・当面給料なんかは出せそうもないし、事業として成立するかも分からないんでさぁ。」
「それでしたら、あの・・・僕が、やりましょうか?」
「んあ?」
「あの、ですから・・・僕が宿を営業できる資格を取れば、形にはなりますよね?」
「あぁ、まぁ一応はな。」
「卒業までまだ時間がありますから、在学中に取ってしまえれば準備期間も短縮できますし。ここでお手伝いしながら告知なんかもできたら、お客さんもある程度付くでしょうし、それに・・・僕も就職活動しなくて、済みますし・・・。」
最後のが本当の本音かな?
「あ?あぁ・・・そうだなぁ。お前が本当にその気なら、やってくれると助かる。なんたって・・・これ以上鈴木ちゃんには負担かけられねぇからな。」
「でしたら、進めてもいいですか?」
「・・・あぁ。」
「やった。実はもう資料を取り寄せたりしてるんです。」
「なんだ、気が早いな。」
「だって、やりたいことのためですからっ。あ、場所はあるんですよね?前、空き家がどうとか言ってましたけど。」
「あぁ、鈴木ちゃんが管理してるのがまだある。」
「そこを使っても良いのですよね?」
「あぁ、そういう話にはなってる。」
「良かった。では、僕は僕で準備を進めますのでこれからもよろしくお願いします。」
「あ・・・あぁ。」
なんか、話が急に進んだような気がするわね。源ちゃんの思いから始まった計画が、ひとりの男を巻き込んで動き始めている。源ちゃんが主の宿だとちょっと心配だけど、彼なら少しは見ていられるかもしれないわね。
「・・・で、急で悪いんだが、来週空いてるか?」
「え、えぇ空いてますけど?」
「じゃぁ、早速だけど手伝ってくれるか?船出すことになってるから。」
「あ、はいっ。よろしくお願いしますっ。」
「あぁ、頼むな。」
こうして「アイツ君」は少しずつ「港の仲間」になっていくんだな。
彼が帰って、一人で飲み始めた源ちゃん。
「なぁ、ヨーコ・・・?」
「ん?」
「これで良かったのかなぁ・・・。」
「え、なに?」
「だからさぁ・・・アイツを、こっちに引き込んでしまうことになるけど。ホントにそれでよかったのかな・・・ってさ。」
「あぁ・・・そうね。」
確かに一人の人生を左右することだから、戸惑う気持ちもわかる。一方、やりたいことが出来る世界の飛び込みたい人の気持ちもわかる。自分の人生に責任を持つことすら難しいのに、「他人の人生を」となると重大な局面には居合わせたくないと思うのが心情だろう。
「ねぇ、源ちゃんはさぁ・・・。」
「んぁ?」
「なんで、漁師になろうと思ったの?」
「ん?そんなん・・・思ったことねぇよ。」
「は?」
「漁師になりたい・・・というより『漁師以外にはなりたくない』って、ずっと思ってたから・・・。」
「あら・・・そう?」
「あぁ・・・。」
こういう環境で育ったら、そういう気持ちにもなるのかもね・・・。
「なら、彼も・・・。」
「ん?」
「今・・・そういう気持ちかもよ。」
「あ、あぁ・・・そう、かもな。」
源ちゃんの「責任感について考える夜」は、まだ始まったばかり。
でも、『ハマ屋』は日が沈んだら閉店です。
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