第117話 人生を満喫するということ

「あぁ~、ただいまぁ・・・。」

 見るからに力なく入ってきた美冴ちゃん。

「あら、どうしたの美冴ちゃん。」

「あ~、ヨーコさぁん。お腹すいたよ~。」

 育ち盛りの少年のようなこと言ってますが、女子大生です。

「聞いてよぉ、お昼食べそこなっっちゃってさぁ・・・。」

「なに、忙しかったの?」

「う~ん・・・結果的にはそうだったのかも。」

「ん?・・・まぁ、座って。すぐなんか作るわ。」

「うん、お願い・・・。」

 これがお洒落な女子大生ならキラキラとした見栄えの良いものを作らなくちゃとも思うのだが、残念ながら「そっち側」ではない美冴ちゃん。さっと食べられる「男勝り」なモノが似合う。

「は~い『ハマ屋名物ねこまんま』ねぇ。」

「ぅわ~ん、ありがと~。」

 どんぶりを受け取ると勢いよく割り箸を割り、間髪入れずガツガツとかき込みだした。美冴ちゃんって、黙ってればかわいい子なのに、こういうガサツとも取れる言動が・・・いや、こんな子を好きになる男子もいるか。

「ぷは~~っ、生き返ったぁ。」

 風呂上がりにビール飲んでる父ちゃんか。

「えぇなに、もう食べちゃったの?」

「ぅんっ、今日も美味しかったぁ。」

「それはどうも・・・。」

「じゃぁ、次は・・・。」

 まぁ・・・やっぱりそうなるわよね。一杯じゃ足りないわよね。

「あっ、ねぇヨーコさん。メンチカツって作れない?」

「メンチカツ?」

「うんっ。ほら、なめろうに衣つけて揚げたらメンチにならない?」

「あ~・・・ふふっ、なりそうねっ。」

「お願いしま~すっ。」

「ふふふ、はいよ~。」

 とは言ってみたものの、どうするか・・・なめろうって、結構大変なのよね。体力的に。

「ふぅん、じゃぁ・・・よしっ。」

 手を抜くわけじゃないけど、手数を減らしてより良い効果を・・・っと。いつもなら徹底的に粘り気が出てくるまで叩くのだけど、ここは揚げた後の食感を考えて形が残る程度でやめておく。そこにいつものようにお味噌と薬味を加え、よく混ぜ合わせたら衣をつけて揚げてゆく。なんだ、案外簡単じゃない。

「は~い、お待たせ~。熱いからねぇ。」

「ん~、待ってました~っ。」

「なんか呑む?それともご飯?」

「ん~、ここは・・・サイダーっ。」

「あぁ、それも合いそうね。ちょっと待ってねぇ。」

 ここ『ハマ屋』には、昔懐かしの「瓶サイダー」がある。容器が違うだけのはずなのに、なぜか瓶のサイダーって美味しいのよね。

「おぉ、熱っつ熱つ~っ。」

 箸で半分に割ると揚げたての証拠である湯気が勢いよく上がり、ジュワっと肉汁もあふれてきた。魚だけど・・・。

「ソース、いらないとは思うけど・・・?」

「うん、一口食べてみる~。」

 と言い終わらないうちに、大きな口を開けて・・・

「あっひぃ・・・あふぃ・・・はっふぁ・・・ぁ。」

 熱がった。

「ふふふ、もう。ちゃんとフウフウしてから食べないと・・・もう。ほら、サイダー。」

「あぁ、あひあぁ・・・・ぅんん・・・はぁっ、熱かったぁ。」

「ふふふっ・・・どう、美味しかった?」

「ん?ん~・・・よくわかんない・・・。」

「もう、こういうのはちゃんとフウフウして食べるのよ。」

「はぁ~ぃ・・・。」

「ふふっ。一応、こんなソースもあるんだけど・・・?」

 最近ハマってるお味噌を使ったソース。柚子風味。

「あ~、うん。試してみるぅ。」

 今度はしっかりフウフウしてから口に入れた美冴ちゃん。ソースをつけたり七味を振ったりワサビを乗せたり・・・この満面の笑顔があれば、もう言葉はいらない。

「はぁ~、やっと落ち着いたぁ~。」

 お腹をさすりながら至福の表情。

「ふふふ・・・で、何があったの?」

「ん?」

「あの美冴ちゃんが、お昼を食べそこなうくらい何かに熱中するなんて、ねぇ。」

「あの・・・それはぁ・・・。」

「ん?私には言えない事?」

「ん~・・・うん。」

「ん、そうかっ。じゃぁこれ以上は聞かない。」

「うん・・・ありがと。」

 言う気になったら、その時に言ってくるだろう。

「・・・ふふふ。」

「ん、なにヨーコさん?」

「ん?美冴ちゃんも大学生活満喫してるなぁ・・・って。」

「え、そりゃぁ・・・ねぇ。」

「ふふふ、そうよね。」

「・・・うん。」


 私にも大学生の時代があって、それなりに楽しかった気もするけど、「満喫する」というところまで楽しめてはいなかったから、ちょっと羨ましいと思うところはある。でも、これまでのすべての経験が「今の自分」を作っているのだから、今の自分を嫌いじゃなければ、どんな経験も「良い経験」だったんじゃないかなと思う今日この頃。こうして波を眺めてると、どうにもセンチメンタルな気持ちになるわね。

「ミャ~お。」

 足元に絡みついてくる猫の幸一。

「なんだい都合の良いやつだねぇ。自分の機嫌のいい時だけこうやって・・・もう。」

 普段は「エサ係」くらいにしか思ってないクセに。

「ここか・・・ここがいいのか?」

 こんな時はこっちも思いっきりモシャモシャして遊んでやる。

「ミャ~お・・・。」

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、なんともご満悦な様子。

「ふふ~ん、このやろ~楽しそうな声出すじゃないかぁ~、ウリウリ~。ふふふ。」

 猫と戯れた後は、しっかり手を洗います。

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