第115話 都会に出れば高級魚
「ねぇ、源ちゃん・・・コレって?」
「あぁ、アマダイな。」
「そりゃぁ、見れば分かるけど。どうしたのよコレ。」
「あ?海でとってきたんだ。」
「あ、あのねぇ。山で採れないことくらい私にだって知ってるわよ。どうしてここにあるのかを訊いてんの。」
「あ、あぁ・・・たまにはこういうのも良いなぁと思って持ってきたんだけど?」
「あ・・・ねぇ、知ってる?アマダイって高級魚なのよ?」
「あぁ、なんかそうらしいなぁ。」
「そうらしいなぁって・・・都会に出たら何千円も・・・下手すりゃ万の桁がつくような魚なのよ?」
「え・・・そんなにすんのかっ?」
「えぇ。滅多にありつけるもんじゃないのよ。」
「は、ハマじゃそんなにしねぇぞ・・・。」
「え、そうなの?」
「あぁ・・・。」
「高いわね・・・交通費。」
「・・・あぁ。」
こういう話を聞くと毎度思う。港に揚がった魚が競りにかけられ、それからいくつかの人の手を経て都会に辿り着いたころには何倍もの値段になっている。しかもそれなりに時間が経っているのだから、当然その分鮮度も落ちているはずで。以前に比べれば技術の発達や流通システムの最適化で「より速く・より新鮮に」届けられるようにはなっているようだけど、それでもこれだけ値段に差があると漁師になりたがる人がいなくなるのではと心配になる。まぁ、お金には代えられない魅力のある仕事なのは間近で見てて分かるけど・・・それでも「鮮度の落ちた魚の方が高い」というのはどうにも納得がいかない。
「・・・で、どうする?」
「あ~、なんか適当にフルコースにでもしてくれ。」
適当にフルコースに・・・と言われても困るけど、アマダイを扱える機会なんてなかなか無いし、この際だから好き勝手やらせてもらおう。
「あ・・・え~っと、じゃぁホントに好きにやるわよ?」
「あぁ、頼む。」
三枚におろす。半身は刺身にして、もう半分は・・・松かさ揚げは当然やるとして、焼くか?蒸すか?ん、このアラは良い出汁が出そうね・・・むふふ。
「はぁ~い、まずは刺身ねぇ。あ、ご飯いる?」
「あ?いや、まだいい。」
「そう?それなら良かった。」
「ん、良かった?」
「むふふ、あとでのお楽しみ。」
「あ?あ・・・あぁ。」
「おぉ、結構乗ってるわねぇ。」
刻んだ柚子の皮を味噌と合わせてアマダイの軽く焼けた肌に塗り、さらに焼いてゆく。一気に味噌が焼ける香ばしさが『ハマ屋』に充満する。
「お~ぃ、なんだかいい匂いだなぁ。」
いつもは勘の鈍い源ちゃんも、さすがにこの匂いには黙っていられない。
「むふふ・・・。」
この匂いだけでお茶碗三杯はいけるわ。
「はぁ~い、焼けたわよ~。」
「んぁ~、この匂いはずるいなぁ。」
「へっへっへ、まぁ食べてみて。」
「あぁ・・・あ、その前にもう一杯もらえる?」
「あ、なに今日はペースが速いんじゃない?」
「あぁ・・・たまには、な。」
「ふ~ん・・・。」
では、メインディッシュ(?)の松かさ揚げに取り掛かる。この為に一番脂の乗ったところをとっておいた。
「もう、この太っちょちゃん・・・。」
確かにお腹のポッコリと出た良い型だった。高めの温度の油に入れると、一斉に鱗の花が咲いた。「松かさ」とはよく言ったもので、すべての鱗が示し合わせたように
「ふふっ、いい感じ。」
ご飯の上に細切りにした大葉を敷き、その上に松かさ揚げを乗せる。そこにアマダイのアラでとっておいた出汁をかける。アマダイの松かさ揚げの出汁茶漬けなんて贅沢なもんを源ちゃんに出すのは、ちょっともったいない気も・・・。
「は~い、締めね。」
「おぉ・・・って、おい。なんだか豪勢だな。」
「ね。アマダイってそういう魚なのよ?」
「あぁ・・・そう、なんだな。」
「ふふ、心して食べなさい。」
「あぁ・・・。」
と言ったにもかかわらず、まるで育ち盛りの少年のように一瞬で平らげた源ちゃん。
「ふぅ・・・なんか、高級な料亭にでも来たような感じだな。」
「あのねぇ・・・だったらもう少し上品な食べ方したら?」
「ん・・・あ?」
「ふふ、まぁいいけど・・・。」
実際に料亭なんかでこんな思いしたら万の桁が・・・いや、もう想像したくもないわ。
「でさぁ、源ちゃん?」
「あ?」
「この前の件はどうなりそうなの?」
「この前の?」
「養殖がどうのって。」
「あぁ、
「へぇ、進んでるは進んでるんだ。」
「あぁ、それなりにな。」
「その他の件は?」
「その他?」
「ほら『釣り船』とか『船宿』とか、いろいろ言ってたじゃない。」
「あ、あぁ・・・。」
「なに?飽きちゃったの?」
「そうじゃねぇけど。」
「真輝ちゃんにも声かけたりしてたのよねぇ。」
「あ、あぁ・・・。」
「モジモジしてたわよ、真輝ちゃん。」
「あぁ・・・。」
「私だって、それなりに手伝う気にはなってるのよ?」
「あぁ、分かってる。そっちも、そろそろ・・・。」
「・・・うん。それならいいけど。」
「・・・よし、じゃぁご馳走様ヨーコ。」
「えぇ、また明日。」
「あぁ。」
そう言って店を出ていく姿は、見慣れたいつもの景色。そんな見慣れた景色も、日々刻々と色合いを変え、いつしか新たな景色を見せてくれる。
「・・・また、明日。」
そんな日常を、今日も噛み締める。
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