第112話 美味しいものが好き

「はむっ・・・むふふ・・・。」

 真っ赤なトマトにかぶりつく。

「ん~っ、イズミさんの野菜はいつ食べても美味しいわねぇ。」

「へっへっへっ、でしょ?」

 わが子を褒められご満悦な様子。

「こんなの毎日食べてたら、絶対野菜嫌いになんかならないわよねぇ。」

「そうっ、私もそう思うのっ。あれってさぁ、親のせいでもあると思うのよねぇ。」

 そう言うと、イズミさんは「世の野菜嫌い」に対しての鬱憤を話し出した。

「ねぇ、そう思わない?だってさぁ、私たちは『美味しい野菜』を知ってるから不味まずいのに出くわしたときに『この野菜は美味しくない』って認識できるけど、小さい頃から不味いのばっかり食べされてたら『野菜は不味い・嫌い』って絶対なるじゃない。ねぇ。そりゃぁねぇ、私も農家だから市場を通した流通のシステムは理解してるし、早く収穫しないと店先に並ぶまで持たないってのは分かってるけどさぁ。だからって、スーパーで安売りしてる野菜しか知らずに育ったら・・・そりゃ野菜嫌いが増えるわけよねぇ。『本当に美味しい野菜』との出会いが無いんだから。ねぇ。だからさぁ、なんとか美味しい野菜をスーパーに並べてあげたいんだけどさぁ・・・。」

「え、これを出すわけにいかないの?」

「それができればねぇ。これを出荷すると、店先に並ぶ頃には黒くなっちゃってるし・・・それにさ、ウチみたいな小規模なとこは値段じゃ勝てないから。」

「あぁ、そうなのねぇ・・・。」

 美味しいトマトにありつけるのも、縁とタイミングってことなのね。

「まぁ、今はさぁ。道の駅なんかがあるおかげで『採れたて』を提供する場があるから少しは助かってるけどさぁ。私らの先輩の農家さんは本当に悔しい思いいっぱいしてたと思うのよねぇ。」

「悔やしい?」

「そうそう。だってさぁ、どんなに美味しい野菜作っても『それじゃぁ店頭まで持たないから、もっと若いの出してくれ。』って言われて、本当に美味しくなる前のヤツを収穫してたわけだからさぁ。」

「あぁ、そうかぁ・・・。」

 漁師も似たようなものかな。高く買ってくれるところに辿り着いたころには鮮度が落ちているわけだからね。

「あっ、でも青いトマトは青いトマトで美味しいのよ。」

「え、そうなの?」

「うんっ。そのまま食べるのは薦めないけど、火を通して食べるなら青い方が絶対向いてる。」

「あぁ、なるほどね。」

「だからって青いうちに採ったトマトを赤くなるまで放っといて、それを『完熟トマトです』って売るのは許せないけどっ。絶対許せないけどっ。」

 語気に強さに日ごろの鬱憤が詰まっている。

「ふふふ、そうよねぇ。美味しいものを美味しい時に提供するのが販売店の務めよね。」

「絶っ対そうよねっ。」

 好きな食べ物は、美味しいもの。嫌いな食べ物は、不味いもの。


「あら、イズミさん。いらしてたんですね。」

「あ~明音さん。調子はどう?順調?」

「えぇ、おかげさまで不自由なく暮らせています。」

 妊婦生活を堪能している明音さん。少しふっくらとした印象になったかな?

「あ、そうそう。ねぇ、イズミさん。ジャムにするのにちょうど良い野菜がありませんか?」

「ジャム?ん~そうだなぁ、この時季いろいろできるけど・・・どうするの?」

「あぁ、今パウンドケーキのレシピを見直してまして、ジャムを合わせてみるのも面白いかなぁって思っているんです。」

「混ぜ込むの?」

「あぁいえ、つけて食べる感じで。」

「あぁ、それも良いわねぇ。それならいろいろ用意できるけど、今度持ってきてみようか?」

「えぇ、お願いします。」

「・・・で、そのパウンドケーキはどこに?」

「あ・・・い、今持ってきますねっ。」

 妊婦を走らすイズミさん。まぁ、母親の先輩としては「これくらいはどうってことない」ってことなんでしょうね。

「ねぇ、ヨーコさん。真輝ちゃんはどうしてる?」

「ん、真輝ちゃん?最近は仕事が忙しいみたいよ。帰ってきてもグッタリしてる。」

「いやいや、そうじゃなくって・・・ほら。」

「ん・・・源ちゃんとのこと?」

「そうそうそう。どうなの?」

「それねぇ・・・どうやら、真輝ちゃんは源ちゃんの好みのタイプじゃないみたいなのよ。」

「え、それじゃぁ・・・?」

「あ、いや、嫌いとかってわけじゃないと思うけど・・・なんか、そういう対象としては見られて無いみたいでねぇ。」

「あらぁ・・・真輝ちゃんどうするんだろう。」

「まぁ・・・だからって『源ちゃんに好きな人がいる』ってことも無いようだから『状況は変わらず』ってとこね。」

「ふ~ん・・・真輝ちゃんも他の子探せばいいのに、あんなに可愛いんだから。」

「ふふふ・・・ねぇ。」

 そこへ戻ってきた明音さん。

「はぁ~い、お待たせしましたぁ。今はプレーンしかないんですけど・・・。」

「おぉ、待ってましたぁ。」

「ふふっ、じゃぁお茶でも淹れるわね。」


「うん・・・これなら、青い野菜も合いそうだわ、うん。」

 リニューアルしたパウンドケーキを堪能すると、そう感想を漏らしてイズミさんは帰っていった。

「良かったわね、気に入ってもらえたみたいで。」

「えぇ、大事なモニターさんですから。」

「モニターさん?」

「ふふっ、えぇ。イズミさんって、遠慮なく何でも言ってきますから。良いことも悪いことも。」

「良いことも悪いことも・・・ふふふ、そうね。」

 気兼ねなく話せる仲間がいるって、良いわね。

「ねぇ、ヨーコさん・・・?」

「・・・ん?」

「私・・・本当は、不安です。」

「・・・うん。」

「結婚して、移住して、仕事辞めて、これから母になって、真輝ちゃんとの『しおまねき』もやって・・・なんか、全部見切り発車で来ちゃったような気がして・・・。」

 確かにここ最近は、それまでの明音さんの人生から見ると「怒涛の展開」かもしれないわね。

「ん・・・ふふっ、大丈夫よ。私だって似たようなもんだから。」

「え・・・?」

「私がここに来た時の経緯、前に話したわよね?」

「あ・・・ふふ、そうですね。」

「うん。毎日コツコツ生きてたら、なんとかなるわよ。」

「ふふっ、心強いっ。」

「まぁ、頼りないとは思うけど、これからもよろしく。」

「はい、よろしくお願いします。」

 これから明音さんがどういう進化を経て「立派な港町の女」になっていくのかを見届けるのも、私の楽しみだったりするのよね。

 それにしても少しふっくらとした明音さん。クリームパンみたいで可愛い。

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