第111話 アイツは天然モノ

「えっ?それって・・・デートの誘い?」

「う~ん、じゃないと思うんだけど・・・やっぱりそうなのかなぁ。」

 美冴ちゃんが、大学の釣りサークルの子に「話したいことがあるから、今度港まで行っていいか?ちょっと付き合ってほしいんだ。」と言われ、少々困惑気味の様子。

「この前来た時に、いろいろ聞きまわってた子よねぇ?」

「うん、アイツ。」

 すでに「アイツ」と呼べる距離にいるのだから、脈が無い訳では無さそうだよ。アイツ君。

「で?美冴ちゃんは何て返したの?」

「え?『来たければ来れば?』って・・・変な返し方したかなぁ?」

「ん?ううん。そんなことは無いと思うわよ。」

「う~ん、ならイイけど・・・。」

 すわ、美冴ちゃんに恋の予感。


「え~っと、先ずは鈴木さんに話を聞いて、それから仲買や魚河岸の皆さん、そのあとで漁師の皆さんにお願いしたいんだ。」

「え、じゃぁ待って。私は、みんなのところへ連れて行って紹介して回ればいいのね。」

「うん、お願い。」

「そう・・・なら、いいけど。」

 安堵とも落胆とも取れるような複雑な表情の美冴ちゃん。無駄な緊張感からは解放されて、少し気は楽になったかな。

「あ、ねぇねぇ。そんなみんなに何を聞いて回るの?」

 私としても一応目的は知っておきたい。

「あぁ、それは・・・あの、港町に暮らす人達のですねぇ、その生活とか苦労とかをですねぇ・・・僕も、魚や漁業に携わる仕事を志すにあたり・・・。」

 そう言いながら、美冴ちゃんの方にチラチラと目線を送る。やっぱりこの「アイツ君」は、美冴ちゃんの事を気にしているみたいね。

「あ~っ、もうじれったいなぁウジウジと。要は実地調査をしたいってことでしょ?ほら、行くよっ。先ずは鈴木ちゃんね。」

「あぁ、うん、お願い。」

 こうして「アイツ君」は、美冴ちゃんに引きずられるように出て行った。


 美冴ちゃんに、恋の予感?


 ・・・と感じたのは私だけでは無いようで、二人が出て行ってすぐ素子さんがそっと入ってきた。大きな体を、小さく丸めて。

「ヨーコちゃん、どんな感じ?二人の具合。」

「えぇ、今のところ・・・『まだ始まっていない』といったところですかね。」

「うん・・・まだそうなのね。」

 やはり母親としては気になる様子。まして相手が「釣り好き」となれば、どうあっても放ってはおけない。

「ふふふ、そうやって縮こまってないで堂々としていればいいのに。『どうも~、美冴の母で~す。』って。」

「え~っ、そんなことできないわよ~。絶対プレッシャーじゃない。」

「ははは、ちょっと見てみたいっ。」

「も~、ヨーコちゃん楽しみすぎ。」

「ふふふ。でも、実際そうなったら・・・あぁもしね、もし彼が美冴ちゃんと良い仲になったら、それどころじゃないと思うんですよねぇ。」

「えっ?それってどういうこと?」

「ねぇ、だって、お義父さん漁師でお義兄さんも漁師で、お義母さんは巨人で・・・。」

「ん、ヨーコちゃん?」

 ちょっと言い過ぎた。

「ふふふ。だから、今のうちにプレッシャーのひとつも与えておく方が、彼のためでもあるんじゃないかなぁって。」

「も~、それが原因で美冴の婚期が遅れたらどうするのよ~。」

「ん・・・その話、私にします?」

 私、小川洋子ひろこ。この世に生を受けて三十数年。いまだ独身。

「・・・あ、ごめん。」

「まぁ、いいですけどっ。」

「もぉ、ごめんって~。」

「良いんですよ~、気にしてませんから~。ふふふ。」

 こうして楽しく生きてます。


 無事に「実地調査」を終えて二人が帰ってきた。

「おかえりなさい。どんな具合だった?」

「えぇ。やっぱり・・・あぁ、もちろんもっとよく考えてから決めることですが・・・こういう世界で生きていけたらいいなぁ、っていう世界がここにはあるので、大変参考になりましたし・・・ちょっと覚悟もできたかなぁと。」

 美冴ちゃんの顔色をうかがいながら話す姿が、なんとも言えず可愛らしい。

「ねぇ、聞いてよヨーコさぁん。コイツお金の事とかプライベートな事まで根掘り葉掘り聞くもんだからさぁ・・・もう、私だんだん恥ずかしくなってきちゃってぇ。」

「あ、だってそれはほらぁ・・・聞いておきたいことは、今のうちに聞いておかないと・・・後になって『こんなはずじゃ・・・』ってなったらお互い困ると思うから。」

「それは・・・そうだけどさぁ。紹介した私の身にもなってよね、少しは。」

「あ・・・うん、ごめん。」

 二人の力関係が、すでに出来上がっている。

「で、君は将来どうするつもりなの?漁師になる?」

「それは・・・まだはっきりしませんが。海で糸を垂れてる時間が本当に至福の時間なので、そういう人生を送れたら最高だろうなぁ・・・と。」

「本当に釣りが好きなのね。」

「はい。」

「ふふっ。じゃぁ君には漁師は向かないかもねぇ。」

「えっ?」

「ねぇだって、釣り好きの人って『釣れない時間も楽しい』ってよく言ってるでしょ?」

「はい・・・。」

「ねっ。漁師ってのは釣れなきゃ仕事にならないんだから、釣れないなりの楽しみ方がある・・・なんて言ってられないわよ。」

 私なりにプレッシャーを与えているつもり。

「はぁ、そうですね・・・。」

「あ、も、もうヨーコさん。そんな脅かすようなこと言ったら・・・ねぇ。」

「あぁいや、いいんだ。ヨーコさんの言う通りだし、僕もなんとなく分かってるから。」

「そう・・・なの?」

「あぁ、君を困らせるようなことはしない。」

 この冷静さがあれば、大丈夫かもね・・・ん?いや、今のって・・・。

「あっ、ちょ、ちょっとっ。なに恥ずかしいこと言いだしてんのよっ。」

「え?なにって?」

「はっ?アンタねぇ・・・今自分でなに言ったか分かってる?」

「いや、だから・・・なに?」

「あ、ん~・・・もうっ。」

 天然なのか?「アイツ君」は。


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