第108話 煙のような話 鎮火
「じゃぁ、なにかい?あの計画は丸々飛んでったってことかい?」
「え、えぇ、すいません。そういうことになりました・・・。」
鈴木ちゃんの「燻製で港の名物を作る」計画が頓挫してしまったことを、棟梁に報告したところ。
「棟梁にはいろいろと協力をしていただきましたのに、こんな結果になりまして・・・本当にすいません。」
「あ、あぁいやぁ・・・それは、まぁしょうがねぇことだから良いけどさぁ、なんか勿体無い気はするねぇ。ほらぁ、内臓の燻製なんか結構イケてたのに。ねぇ、ヨーコちゃん。」
「ふふふ、ねぇ。」
「ですが・・・もっと美味しいのを見つけてしまったので・・・。」
少々の悔しさを含んだ鈴木ちゃんの表情。同じようなアイディアを、より高い制度と規模でやっているところがあるのを見つけてしまったのだから、それも仕方ない。
「まぁ、気が向いたら時々作っておくれよ?暇がある時ぁ付き合ってやっから。」
「あぁ、はい・・・。」
一斗缶を再利用した急造の燻製器は棟梁の仕事。それが使われなくなってしまうのは、少々寂しいところではある。
「で、今度はなに?源ちゃんが陸上養殖を考えてるって?」
「えぇ。『死ぬまでには形にしてやる』って意気込んでますけど。」
「な、死ぬまで・・・って、随分と気長な話だねぇ。」
「じっくりと時間をかけて、ひとつひとつ積み重ねていきたい・・・ということのようです。」
「なるほどねぇ。しっかりと『事業』にしていきたい訳だ・・・。」
「えぇ。源ちゃんらしくない慎重さですよね。」
「ははは、そうだなっ。」
どうやら、そういう印象を持ったのは私だけでは無いらしい。
「ねぇねぇ、でさぁ。本当に貝類でやるの?」
「えぇ。動かない奴ならそれほど場所も取らないだろう、ということで・・・。」
「ふ~ん・・・でもさぁ『動き回らない』ってことなら、ヒラメとかカレイとかでも良さそうじゃない?あの子たちは、そんなにバシャバシャ泳がないんでしょ?」
「あぁ、そっちの方がいいねぇっ。刺身でも焼いても煮ても揚げても美味いしな。」
「まぁ、それもそうですが・・・育てやすさというか、手間のかからないヤツを・・・となったら、手始めに貝類が良いんじゃないか、となりまして。」
「うん。まぁ、確かに手は掛からなそうよね。」
「あぁ、そうか・・・焼けば食えるしな。」
棟梁は食べることばっかり。いや、新鮮な貝なら生食も・・・。
「ふふふっ。まぁどっちにしても、食べられるのは何年も先の話になりそうなのよね?」
「えぇ、そうですね。少なくとも『今年中に』とはなりませんので、気長にじっくりやってきます。」
「サポート役も大変ね。」
「はい・・・でも、僕の生きがいですから。」
素直に言える鈴木ちゃんが、ちょっと男前。
「それでさぁ、鈴木ちゃん。子供の名前は決まったのかい?」
「男の子ならセイゴ・・・ってのは決まりらしいわよ。」
「へぇ、本当にそれでいいのかい?」
「えぇ。今はどんな字をあてるかを考えているところで・・・。」
「ふ~ん・・・じゃぁ、女の子だったらどうするつもりなんだい?」
「え?愛ちゃんで決まりなのよねぇ?鈴木ちゃんの初恋の人の名前。」
「えっ、それはさすがに明音さんが嫌がるだろ?」
「ふふふ、でも明音さんが言い出したのよ?」
「はっ?そうなのかい?じゃぁ決まりだな。」
「あ、あの・・・ふざけていったことを真に受けないでください。」
「ははは、ごめんごめん。でも、考えてはいるんでしょ?」
「えぇ、なんとなくは・・・丸い感じの名前にしようと。」
「丸い感じ・・・?」
「ん?例えば『メロンパン』とかかい?」
鈴木メロンパン・・・?
「あぁ、いやそういうのではなくて・・・苗字が硬い印象なので、柔らかく丸みを帯びた印象の名前にしようかと・・・。」
「はぁ、丸い印象なぁ・・・。」
「え、例えば・・・『愛ちゃん』とか?」
「あ・・・もう、ヨーコさんっ。いいかげん忘れさせてください。」
「ふふふっ、ごめんごめんっ。」
よっぽど苦い思い出だったようね。
「ははは。まぁどっちにしても、ちゃんと考えてるんだから偉いよなぁ。」
「え、棟梁の時はどうしたの?」
「ウチん時は・・・もう、生まれるまで決まんなくてさぁ。最後は母親の直感よ。」
「直感?」
「あぁ。お腹から出てきた子に『あなたの名前はこれよ』って。で、決まった。」
「へぇ~。」
やっぱり名前を決めるって大変なんだなぁ。
「本人も気に入ってるし、似合ってるとも思うから・・・まぁ、結果的にそれで良かったんだけどさ。」
「はぁ、参考になります・・・。」
「あぁ。だから、最終的には明音さんが決断するのが良いんじゃないのか?」
「えぇ、そのようですね。」
名前は親からの最初の贈り物・・・なんて言うけど、それが重荷になったり
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