第107話 源ちゃんの長期計画

「そりゃぁ、やっぱり貝類だろ。」

「そうだねぇ・・・うん、その辺が妥当だろうね。」

 源ちゃんと鈴木ちゃんが、なにやら話し込んでいる。この二人が顔を突き合わせているということは、何か企んでいるということ。になる話になれば良いけど・・・。

「ん、なに?貝類なら、私ホンビノスで手いっぱいよ。」

 何度「むき身で」と言っても「殻付き」を取り寄せる鈴木ちゃん。おかげでその度に大量に殻むきをすることになる。まぁ、だいぶ慣れてきて手際も良くなったけど、手間というのは掛からなければそれに越したことはない。

「あぁいえ、源ちゃんが『この港でも何か養殖できないものか』なんて言うもんだから・・・。」

「え、養殖?ここで?」

「えぇ、それも『陸上養殖で』って。」

「は?この港のどこにそんなスペースあんのよ。」

「えぇえぇ、ですから貝類なら・・・って話になったところでして。ねぇ。」

「あぁ。ほら、海洋資源ってのが今後も安定して得られるもんとは限らんだろ?」

「えぇ、まぁ・・・ね。」

「だから、少しは安定して収入が得られるものをだなぁ、今からしっかり作っておきてぇんだ。」

「うん・・・でもなんで『陸上養殖』?」

「そりゃぁお前、海ん中だといろいろあるだろ?赤潮が出たり、水温の乱高下があったり、そうでなくっても『大時化で全滅』って話は毎年のようにあるだろ?」

「えぇ。」

「な?そんなら、陸上でやれば少しはリスクを減らせるんじゃないのか?って訳でさぁ。」

 普段のおバカっぷりからは想像できない源ちゃんの姿。ああ見えてしっかり考えるだけは考えてるのね。

「うん、それは分かるけど・・・そう簡単にはいかないわよ?この港だけで消費するんならそれほど大きな施設はいらないだろうけど、事業化して採算がとれるようにするにはよほど大規模でやるとかしないと・・・ねぇ。」

「わ、分かってるよぉそんぐれぇ。なにも『今すぐ』って話じゃねぇんだ。俺が死ぬまでにはしっかり形にしておきてぇ・・・って話なんだ。」

「え?そんな壮大なプロジェクトなの?」

「ま、まぁな・・・。」

「ふ~ん・・・。」

 なんだか得意気な源ちゃんの表情。ちょっと可笑おかしい。

「ふふっ。でもさぁ源ちゃん?他の計画はどうするの?やめちゃったわけじゃないわよねぇ。」

「あ?他のって?」

「だから、釣り船計画とか船宿計画とか・・・ねぇ、真輝ちゃんにも手伝ってもらえるように話してあるんでしょ?」

「あ、あぁ。それなら、ちゃんと継続してやってくよ・・・こないだだって、美冴んとこの釣りバカが『今度いつ出してくれますか?』なんて言ってきたから『もう少し気候が良くなったらな』って返したとこだし。」

 釣りバカ・・・美冴ちゃんの大学の釣りサークルの子達のことね。

「ふ~ん、ちゃんとやってるんだ。」

「あ、当たり前だろ。俺だって・・・漁だけやって生きてけるなんて、思ってねぇから・・・。」

 どの業界も簡単じゃないわね。

「で、鈴木ちゃんとしてはどうなの?」

「えぇ。まずは小規模で・・・それこそバケツ一杯くらいの規模から始めてみて、それで上手くいったら少しずつ・・・ってやっていけば、負担もリスクも最小でいけるんじゃないかと思うんですよねぇ。」

「うん、そうね。」

 この辺の想定は、鈴木ちゃんなら抜かりないか。

「あ、ねぇねぇ、鈴木ちゃんの計画の方は?燻製のヤツ、どうなった?」

「あ、あれは・・・。」

「・・・ん?」

「ん?なんだよ鈴木ちゃん、はっきり言ってやれよ。『あれは無かったことに』って。はははっ。」

「なに、どうしたの?」

「あの・・・。」

「うん。」

「申し上げにくいのですが・・・。」

「・・・うん。」

「あの・・・よく調べましたら、同じようなことを大規模にやっているところを見つけてしまいまして・・・。」

「あ・・・なに、じゃぁ・・・?」

「はい・・・規模も品質も勝ち目がないということで・・・はい。」

「あら・・・それは、残念ねぇ。」

「はい・・・。」

 まぁ、そんなこともある。どの業界も、そう簡単じゃない。

「あぁあの、ですから・・・これからは、僕はアイディアを出す側じゃなくて、皆さんのお手伝いをすることでこの港の発展に貢献できればと・・・。」

「ふふふ。つまりは、今まで通り・・・ってことねっ。」

「あ・・・そういうことに、なりますね。ははは。」

「おぉ、これからも頼りにしてるぜぇ。」

 急に偉そうな態度をとる源ちゃん。

「はははっ。だからってあまり頼りすぎちゃ駄目よぉ、特に源ちゃんは。」

「はぁっ?なんで俺だけぇ。」

「源ちゃんはいろいろと頼りすぎなのよ。」

「そ、そんなことは。」

「今日だって、ほら。」

 こうして鈴木ちゃんと二人向かい合って話し込んでるわけだから。

「あ、あぁ・・・そう、だな。」

「ふふふ・・・あ、釣り船やるときは事前に言ってよ?いつもと違った準備がいるんだから。」

「あ、あぁ。恩に着るよ。」

「ぷっ、なによ急にかしこまっちゃってぇ。」

「は?あ、も、もう、いいだろぉ。」

「ふふ、あんまりカッコつけてると続かないわよぉ。」

「あ、あぁ、もう分かってるってぇ。」


 人それぞれ得手不得手があって、まして一人の人間にできることなんて限られていて、それでも自分にできることは最大限やりたい・・・そうやってみんな生きてる。上手くいかないことも多いけど、一人じゃないから誰かが助けてくれる。生きるって大変で難しくて面倒くさくって、それでも続けていると楽しいことや嬉しいことがあったりする。

「でさぁ、鈴木ちゃん。男の子だったら本当に『セイゴ』にするつもりなの?」

「えぇ、今はどういう漢字にするかを考えているところです。」

「ふ~ん・・・まぁ、いいけど。鈴木の子だからって、ねぇ・・・。」

 名前って大事。名前って、大事なのよ。

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