第105話 ヒゲとヤング

「ヨーコさぁ~んっ。」

 とびきり明るい笑顔のような声の主は、野菜農家のイズミさんだ。

「あら、いらっしゃい。真輝ちゃんも明音さんもまだ仕事よ?」

「うん、いいのいいの。今日はヨーコさんに会いに来たんだから。」

「まぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。ふふふ。」

 真輝ちゃんと明音さんの洋菓子店『しおまねき』が定期的に出店している道の駅でイズミさんと知り合い、そのまま二人が『ハマ屋』に連れてきて以来、時折こうしてやってくる。イズミさんはとにかく二人のことが可愛くて仕方ないらしい。

「・・・で?今日はどんな御用向き?」

「あぁ、そうそうそうっ。明音さんっ、デキたんだって?だからさぁ、トウモロコシ持ってきたのよぉ。」

 トウモロコシは子沢山の象徴・・・だっけ?

「まぁまぁ。え、イズミさんとこの?」

「そうそう、ウチで採れたやつ・・・つっても、まだ時期的に早くてさぁ。ヤングコーンなのよ。」

「ん?うん、それはそれでいいじゃない。」

「ふふふ、ヒゲ付きよ~。」

 立派なお髭のヤングな奴。

「じゃぁ後で明音さんところに届けなくっちゃね。」

「あぁうん、それもそうだけど・・・ねぇ、ヨーコさんならコレ、どう使う?」

「え、これを・・・?」

「うんうん。アイディア豊富なヨーコさんなら、きっとまだ見ぬ料理ができるんじゃないかと思ってねぇ。えへへ。」

「あら、それでウチに持ってきたの?」

「うん。ねぇねぇねぇ、ヨーコさんならどんな意外な使い方する?」

「ふふふ。もう、そんなにハードル上げられても・・・たいしたもんできないわよ?」

「またまたぁ~。そうやって実はいろいろ考えてるんでしょ?」

「いやいや、そんなことは・・・。」

 まぁ、なくもないけど。

「せっかくだから何か作ってほしいなぁ~・・・。」

 ちゃっかりカウンターに腰を下ろし、こちらを見上げるつぶらな瞳。少年。

「う~ん、そうだなぁ・・・さすがに生じゃ厳しいわよね?」

「あぁ・・・まぁ、イケなくはないけど・・・うん、火通した方が美味しいかなぁ。」

「うん・・・やっぱそうよねぇ。」

 そんなことを話しているところに、ガラガラガラと引き戸を開けて源ちゃんが入ってきた。

「ヨーコぉ、熱いの入れて・・・なんだ、珍しく客がいるのか?」

 入ってくるなり、なんとも偉そうな一言。

「あ、もう。こちら美味しい野菜のイズミさん。初めてだっけ?」

「あぁ、これはいつもどうも・・・。」

「あ、もうちょっとさぁ・・・もう。それに源ちゃん?アンタもここではなんだからねぇ。」

「あ、あぁ・・・。」

 いつのも席に当たり前のように座る、悩めるぶっきらぼう。

「あ、ねぇねぇ。源ちゃんって、あの真輝ちゃんの源ちゃん?」

 小声で確認しようとするイズミさんだが、

「そう、あの源ちゃん。」

「あ?な、なんだよ、こないだっからぁ。そうやってみんな俺と真輝を。ただの幼馴染だって言ってんのに・・・あぁもうっ、ヨーコ熱いのなっ。」

 しっかり聞こえていたみたい。

「ふふ、はいよぉ・・・。」

「ん、ヨーコさん・・・?」

 少々怪訝けげんな表情のイズミさんに、

「あぁ、実はねぇ・・・ごにょごにょ・・・。」

 真輝ちゃんの思いはまだ伝えていない事や、ここ最近の顛末をつまんで説明してあげる。ちゃんと小声で。

「あ~、そうだったのねぇ。ごめん邪魔しちゃったかなぁ?」

「ううん、きっと平気よ。源ちゃん鈍感だから。」

「あ?誰が鈍感だって?」

 最後は聞こえるように言った。

「ん?そういうところよ。」

「あ・・・なんだよぉ。」

「ふふふ。なんかつまむ?」

「あぁ、そうだな・・・骨を揚げたやつ、できるか?」

「えぇ、できるけど?」

「じゃぁそれと・・・ん?それ、なんだ?」

「あぁ、ヤングコーン。イズミさんが持ってきてくれたのよ、明音さんの懐妊祝いに、って。」

「あ、ねぇだからヨーコさんっ、これでなんか作ってよ~。」

「ふふふ、そうねっ。じゃぁ、どうしようかしら・・・。」

 ヤングコーンねぇ・・・中華丼に入ってるのくらいしか思いつかないけど、焼いたり茹でたりじゃ普通な感じよねぇ。

「ねぇ、ヒゲも食べられるのよねぇ?」

「うんっ。ちょっと粉ふって揚げると美味しいわよ。」

「なるほどねぇ・・・あぁ、なら・・・あ、源ちゃん、骨はちょっと待ってねぇ。」

「あ?なんだよぉ。俺は後回しかよ。」

「ふふっ、いいじゃない。が先よ。」

「あぁっ?お、俺も一応客だぞぉ。」

「ふふふ、まぁいいからいいから。」

 そうとなれば、やることは早い。

「う~ん、ちょっともったいない気もするけど・・・。」

 刺身でもいける白身の魚に、粉をふったヒゲを巻き付けていく。表面だけ揚がればいいので、高めの温度でサッと揚げていく。隣では「本体」の方も揚げる。こちらは低めの温度でじっくりと。

「はぁ~い、こんな感じでどうかなぁ?」

「お~、こうなりましたかぁ。」

「多分塩が合うと思うけど、一応醤油もそこにあるからね。はい、源ちゃんにも。」

「お、おぉ。」

 自分の分も揚げた。実食。

「おぉ・・・ふふっ、うんうん。いいじゃんっ、ねぇ。」

 最初に声を上げたのはイズミさん。

「外はパリパリで、中はレアな感じで・・・う~ん、美味しいっ。ヨーコさん最高っ。」

「ふふふ、ありがと。」

 うん、我ながら良い揚げ具合だ。

「ねぇ、イズミさん。ヒゲってしっかりトウモロコシの味がするのね。」

「へへへ。ね、意外とおいしいでしょ?」

「うん、これは成功ねっ。源ちゃんは?」

「あ?あぁ・・・美味うまい。」

「ん・・・ねぇ、もうちょっとなんか無いの?」

 余りのぶっきらぼうさに、じれるイズミさん。

「あ・・・の・・・お、美味しゅう、ございます・・・。」

「はっ?なによそれぇ、はははっ。」

「ふふふ。まぁ、美味しかったんなら良いんじゃない?ねぇ、源ちゃん。」

「あ、あぁ・・・。」

 源ちゃんって、押しの強い女性には弱いのかしら。

「もうじき『本体』も揚がるからねぇ。骨はそのあとね。」

「お、おぉ・・・。」


「じゃぁヨーコさん、また来ますねぇ~。」

 軽トラを転がして、イズミさんが帰っていく。明るい笑顔と、美味しい野菜。どちらも次回が待ち遠しい。

「なぁ、ヨーコ・・・。」

「・・・ん?」

「イズミさんって・・・パワフルな人だな。」

「えぇ。・・・あ、惚れた?」

「は?そ、そんなんじゃねぇし。」

「ふふふ、駄目よ?彼女人妻なんだから。」

「だ、だから、そんなんじゃねぇって。」

「ふふふっ。」

「・・・ったく。」

 そうか、源ちゃんの好みのタイプは真輝ちゃんとは違うタイプなのか。そりゃぁ、じれったくもなるわ・・・。

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