第103話 じれったい二人 還流(表)

「う~ん・・・ちょっと、イマイチかなぁ。」

 真輝ちゃんと明音さんの洋菓子店『しおまねき』の新たな試作は「タラコ」がお題。明音さんにあやかって「子宝」がテーマなんだって。

「あぁ、やっぱり・・・。」

 落胆の色を見せる真輝ちゃん。

「うん。甘いケーキとしょっぱいタラコのバランスが・・・なんか、ちぐはぐな感じ。」

「う~ん、ただ混ぜただけじゃダメだったかぁ。」

「甘さを控えたケーキを作らなくちゃですかね?」

 意外と研究熱心な所のある明音さん。

「うん、その方が合うと思う。」

「はぁ、やり直しかぁ・・・。」

「あの、一応・・・上に乗せて焼いたのもあるんですが・・・。」

「あら、じゃぁそれも食べてみましょ。」

 こうして試作品を食べられるのが、毎度のことながら役得。


「ふぅん。もう少し、良い具合にまとまると思ったんですがねぇ。」

「むしろ、明太子だったら良かったのかなぁ。」

「ん?あんまり変わんないんじゃない?結局甘さとの喧嘩になるもの。」

「あぁ、そうか・・・。」

 それにしても『しおまねき』のパウンドケーキは、何故かお茶に合う。

「ねぇ、明音さん。体の具合はどう?」

「えぇ、至って快調です。よく言うとかは・・・これからなんですかね?」

「あらぁ、そういうもんなのね。」

「いいなぁ、明音さん。私も早く・・・う~ん、あぁ・・・。」

「真輝ちゃん?」

 源ちゃんとの「なかなか縮まらない距離」に苦悩している真輝ちゃん。

「ん~・・・ねぇ、ヨーコさん。源ちゃんは・・・私のこと、どう思ってるのかなぁ。」

「そ、そんな急に恋愛相談みたいに・・・。」

「あぁ、そうですねぇ。源ちゃんの気持ち、私も聞いてみたいです。『ウチの真輝ちゃんことどう思ってるんです?』って。ふふふ。」

 同じ港に暮らしていても、明音さんと源ちゃんはそれほど接点がない。狭くて広い、広くて狭い、世間って不思議。

「ねぇ、ヨーコさんは何か聞いてないんですか?源ちゃんから、その・・・私の、こと・・・。」

「あぁ、そういえば・・・ちょっと前に『最近真輝のヤツの態度がおかしい』みたいなこと言ってたわねぇ。」

「あらぁ、じゃぁ例の『匂わせ作戦』の効果が・・・?」

「そうなの、かなぁ・・・。」

「えぇ、だからねぇ『それは源ちゃんが真輝ちゃんのこと意識してるからそう見えるんじゃないの?』って言ってやたんだけどさ。」

「よ、ヨーコさん、そんなこと言っちゃったら・・・。」

「やっぱり、お節介だったかしら?」

「ふふっ。じゃぁ今頃源ちゃんは、真輝ちゃんのこと・・・ふふふっ。」

「あぁ~、もう私どうしよう・・・。」

 今にも頭を抱えそうな真輝ちゃん。

「あら、嬉しくないの?思いが届き始めてるかもしれないのに。」

 真輝ちゃんに対する明音さんの態度は、すっかりお姉さんのよう。

「ん、嬉しいけどぉ・・・ん~っ、も~、分かんないっ。」

「真輝ちゃん?」

「ねぇ~、ヨーコさぁん。私・・・ホントに源ちゃんのこと好きなのかなぁ?」

 は?

「いや、私に訊かれても困るけど・・・?」

「そうだけどぉ・・・ん~。」

「それならさ、真輝ちゃんっ。」

 明音さんが、なにやら企み顔。

「一旦源ちゃんのことは忘れて、他の人と付き合ってみたら?」

「へ・・・えっ。」

「ちょ、ちょっと明音さんっ。」

「源ちゃんは、真輝ちゃんの『初恋の人』なのよねぇ?」

「う、うん。」

「ってことは、他の人を好きになったことは無い・・・って事よねぇ?」

「う・・・ん~、無くは、無いけど・・・。」

「お付き合いしたことは?」

「・・・ううん。」

「じゃぁ真輝ちゃんは『他の男の人は知らない』ってことよね?」

「ん~・・・うん。」

「明音さん?」

「まぁまぁ。ねぇ、どうなの?他の方とお付き合いしてみたら?」

「でも・・・。」

「そうしたら、ハッキリするんじゃない?」

「え?」

「自分が本当に源ちゃんのことが好きなのか、源ちゃんのどこに惚れたのか・・・ね。」

「う・・・ん~・・・。」

 確かに、明音さんの言う通りかもしれない。

「ねっ、周りにいないの?カッコイイ人とか、真輝ちゃんのこと好きな人とか、ねぇ。」

「ん~・・・いなくはないと、思うけど・・・。」

「ねぇ、それなら・・・。」

「明音さん、もうその辺で。」

「ん・・・はぁ~い。」

 おもちゃを取り上げられて、すねる子供。

「ねぇ、真輝ちゃん?自分の本当の気持ちを知るには、案外良い方法かもしれないわよ?」

「んん~、でも・・・。」

「ふふっ。別に『他の男と付き合え』って言ってる訳じゃなくってさ。違うところに目を向けてみたら、また新たな一面が見えてくるんじゃない?ってこと。」

「そうなのかなぁ。」

「まぁ、そういうこともあるわよ・・・ってこと。」

「う、うん・・・。」

 これで少しは、モヤモヤが晴れるかしら。

「でも・・・。」

「ん?」

「でもね、ヨーコさん。」

「なぁに?」

「その隙に・・・源ちゃんにが出来ちゃったら、どうしよう・・・。」

「ん・・・ふふっ、それはそれでそういう運命よっ。」

「へっ?や・・・ヤダぁっ、そんな運命ヤダぁ~っ。」

 カウンターをパタパタ叩きながら首を振る真輝ちゃん。

「あら、そしたら源ちゃんに負けないイイ男連れてくればいいじゃない?」

 にわかに輝きを取り戻す明音さんの瞳。

「え、え~っ。そんな・・・ぁ・・・。」

「きっと真輝ちゃんが振り向いてくれるの待ってる人がいるわよ~。」

「明音さん?」

「ん?ふふふ・・・。」


 こんな「じれったい二人」が、落ち着くところに落ち着く日が来るのかしら。気長に見ていたい気もするけど、あんまり焦らされるのもねぇ。

「ヨーコさぁん、どうしよ~・・・。」

「もう・・・いっそのこと押し倒しちゃったら?」

「え・・・えぇ~っ!?」

 うん、女は度胸。

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