第102話 鈴木の子・・・

「・・・ぁあ~っ、だ・・・とぅあっ、た~っ・・・よ、ヨーコさ~んっ。」

 早朝、慌ただしく鈴木ちゃんがやって来た。

「あ~っ、た・・・よ、ヨーコさん、ヨーコさん、ヨーコさんっ!」

「あ・・・と、鈴木ちゃん?」

「ぁの、た・・・たぁ・・・はぁはぁ・・・。」

「ちょっと、一旦落ち着こうか。」

 なんとなく、話の筋には心当たりがなくもないけど。

「はぁ、あの・・・あの・・・あの・・・。」

「うん、どうした?」

「あの、僕・・・ち・・・ち、父親に、なります。明音さん、その・・・デキた・・・って、さっき・・・。」

 明音さん、やっと伝えたのね。

「え・・・ほ、ホントっ?やったぁ~。いやぁ~、良かったじゃない鈴木ちゃんっ。」

 このくらい驚いてやればいいかしら。

「は、はい・・・ち、父親・・・です。」

 はぁはぁ言いながらも、恥ずかしそうに頭をポリポリかいている。


 そんな話は一瞬で港に広まり、朝から町中まちじゅうお祝いムードに溢れている。漁協の大黒柱と言っても良いほど大車輪の活躍をしている鈴木ちゃんだから、それも無理はない。皆競うように祝福の言葉を伝え、漁師たちは大漁を誓い、素子さんに至っては「今日だけ丸坊主無料」なんて言い出した。

 とにかく、鈴木ちゃんに子供が出来たのだ。


 夕方。帰宅した明音さんと、改めて『ハマ屋』に報告に来た。

「ふふふ、明音さん。本当に、おめでとう。」

「はい。ありがとうございます。」

「鈴木ちゃんも。これからいろいろ大変よ~。」

「はい、頑張ります。」

「いやぁ、こんなに嬉しいニュースは久しぶりだぁ。おめでとう、おめでとうっ。」

 仕事終わりの棟梁と、

「ホント、ホントにめでたいっ。」

 こんな時に限って源ちゃんもいる。

「ありがとうございます。まだ、あまり実感が無いのですが、確かにこの中に彼の子供がいるのかと思うと・・・ふふっ、幸せいっぱいです。」

 明音さんの表情にはまだ「母親」といった雰囲気は無いけれど、いつにも増して優しい表情をしている。

「それじゃぁ、アレだな・・・名前考えてやんねぇとな。」

「棟梁?そういうのは二人で考えるもんよ?他人が口出ししちゃダメよ。ねぇ。」

「あぁでも、良いアイデアがあったら・・・参考にはさせてもらいますよ?」

「あ、も~良いの明音さん?そんなこと言ったら、この人たち変なこと言いだすわよ?」

「ふふふ、あくまでです。何かありませんか?」

 そう尋ねると、源ちゃんが、

「そりゃぁ、鈴木の子なら『セイゴ』だろ。」

 なんて言うもんだから、

「「「源ちゃんっ!?」」」

 みんなで一斉にツッコんでしまった。

「んあっ?な、なんだよ~っ。だってそうだろ?鈴木の子なんだからよ~。」

「そ・う・だ・け・どっ。あのねぇ、子供の名前の話してんのよ?それをあんた『スズキの子だからセイゴ』なんて安易なつけ方したら・・・ねぇ明音さん。」

「あ・・・いや、でも・・・。」

「明音さん?」

「でも、あの・・・『鈴木セイゴ』って・・・良い名前だと思いません?」

「は?」

「いや、だから『鈴木セイゴ』って、良い名前だと思いません?」

 明音さんは、気に入ってしまった様子。

「ぃやでも・・・そう、かしら?」

「はいっ。」

「あ・・・いやいやダメよっ。絶対いじめられるわよ。『や~い、スズキの子~』って。」

「ん?そうでしょうか?」

「絶対そんなことになるわよっ。」

「でも・・・一般的には『スズキ』が出世魚だってことは知られてますけど、子供の頃の名前が『セイゴ』だってことは、そこまで知られてないんじゃないでしょうか?そもそも『鈴木』なんて苗字はどこにでもありますし・・・だから、そこに気付く人はほとんどいないんじゃないかしら?」

「あ・・・そ、そうね。」

 明音さんの、この説得力。

「まぁ・・・あれだ、良い名前なんじゃないのか?『鈴木セイゴ』って。なぁ・・・。」

 と、棟梁。

「そう言われると・・・そう、ですね・・・。」

 これは鈴木ちゃん。

「ってことは、アレか?名づけの親はオレって事か?」

「源ちゃんっ?あんた、今日はここにいなかったことにしておくから。」

「はぁっ?なんだよそれぇ、ひでぇなぁ・・・。」

 なんか「名付け親が源ちゃん」というだけで、いじめられそうな気がしてきた。

「いいからっ。もうこれ以上余計なことは言わない、いい?」

「お・・・おぉ。」

「ふふふ、いい名前もらいましたねぇ、セイゴ君。」

 まだ大きくはないお腹に話しかける明音さん。

「あら、もう男の子だって分かってるの?」

「いえ、まだですけど?」

「もう、女の子だったらどうするの?」

「あら・・・。」

「あっ、じゃぁそん時は俺が・・・。」

「棟梁っ?」

「は、はいぃ・・・。」

「ふふふ。そうですねぇ、女の子だったら・・・ふふっ、彼の初恋の方の名前にでもしましょうかね。」

「はっ?ちょ、ちょっと明音さん、それは・・・。」

 狼狽の色を隠せない鈴木ちゃん。

「あ、なに鈴木ちゃん。聞かれたらマズいことでもあるの?」

「そ、そんなことは、無いですけど・・・。」

「ね~、愛ちゃんでしたっけ?」

「あ~、もうやめてくださいよぉ、あんな激苦げきにがな思い出・・・。」

「激苦?」

「えぇ。『カカオ95%』でしたっけ?」

「あぁ、もう・・・忘れたい。」

「あら~、パパあんなこと言ってまちゅよ~。愛ちゃんのパパ、イケない子でちゅねぇ。」

 大袈裟な赤ちゃん言葉で、お腹に話しかける。

「も~やめて~・・・。」

「はははっ、さすがにもう止めてあげて。」

「あら~・・・ふふふ、仕方ないですねぇ。」

 この時折見せるのような笑顔に嫌味が無いのは、やはり明音さんの人柄なんだろう。


 夜。今日は満天の星空だ。

 鈴木ちゃんが父親になる。想像するだけで心配でしかないが、明音さんと二人でなんとかやっていくのを見届けるのが、これからの楽しみになりそうね。

「それにしても、男の子だったらホントにセイゴ君にするつもりなのかしら?」

 それと、鈴木ちゃんの初恋の話も気になる。




※ご意見ご感想お待ちしております。コメント欄の方にでも遠慮なくどうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る