第101話 倉庫のあの子
この『ハマ屋』の奥には私が勝手に「倉庫」と呼んでいるスペースがあって、そこには先代が揃えた調理器具がいくつも納められている。
「うん・・・この子なのよねぇ。」
大体が決まった役割があって、それぞれそれなりに使用機会があるのだけれど、その中にひとつ、いまだ出番が無いものがある。
圧力鍋。
それほど大きなものではないが、しっかりとした作りのものだ。さして使い込まれた様子もなく、いったい何の為に用意されたものなのか。
「素子さんにでも訊いてみるか・・・。」
「へ~、そんなのあったのねぇ。」
「え?素子さんも見覚えないですか?」
「うん、見た事ないかも・・・。」
「あらぁ、そうですか・・・。」
素子さんで分からなければ、あとはもう棟梁しかいない。
「あぁ~、どうかなぁ・・・一回か二回、見た気がしなくは無いけど・・・何に使ってたかまでは・・・。」
「はぁ、やっぱり・・・。」
毎日のようにここに座って見ていた人が覚えていないんだから、その使用目的が分かろうはずもない。
「じゃぁさぁ、ヨーコちゃん。せっかくだから、なんかに使ったら?見た感じ丈夫そうだから、いろいろ使えるんじゃない?」
「う~ん・・・そうですねぇ。ありがたく、使わせてもらおうかしら。」
そうとなれば、アイディアが無い訳では無い。
朝の港。仕入れの時間。
「え?小骨のうるさいヤツ?」
「うん、なんかある?」
「あ~、そうだなぁ・・・サバとかスズキとか・・・あぁ、タチウオなんかもあるけど?」
「じゃぁ、その辺のちょっと見繕ってくれる?」
「あぁ、いいけど・・・ヨーコちゃんこういうの嫌がってなかったっけ?」
「ふふふ・・・まぁまぁ、あとでのお楽しみ。」
「ぅおっ?なんか企んでるなぁ。」
「うん?まぁ、上手くできたらねっ。」
「ほ~。じゃぁ、あとで行くよ。」
もらってきたヤツらを下処理したら、ぶつ切りにして圧力鍋に並べていく。そこに醤油・酒・みりん・砂糖を入れ・・・これはいつものメンバーね・・・で、火にかける。
「う~ん・・・20分もやれば充分かしらね。」
もう、お分かりね?
「ほぉ~っ、骨までホロホロだねぇ。」
「ふふふ、ねっ。缶詰みたいでしょ?」
「あぁ、こんだけ食べやすければ・・・ん、ありがたいねぇ。」
棟梁の酒の肴に出してみた。事前に味見をしたので胸を張って出せる。
「特にさぁ、この・・・タチウオかい?いいねぇ。なかなか骨まで食べる機会ないからねぇ。これはもう・・・。」
「ん、もう一本?」
「あ?いやぁ、これは・・・ご飯が欲しくなっちゃうねぇ。」
「あ~そっちかっ。ふふふ、そうよねぇ。やっぱりご飯よねぇ。」
「あぁ。酒もいいけど、やっぱりこういうもんにはご飯だよ。」
どうやっても「ご飯を呼ぶおかず」というのがある。甘辛く炊いたものはその代表みたいなものだけど、こういう感覚って日本人だけのものなのかしら?それとも「ん~、これはジャガイモが欲しくなる」なんて言ってるのかしら?
「それにしてもヨーコちゃん、良いもん発掘したねぇ。」
「え?あぁ。えぇ、そうね。案外簡単にできたし・・・これからは活用させてもらおうかな。あ、まだ残ってる?」
「あぁ、まだあるけど?」
「ふふふ、それねぇ・・・お茶漬けにすると最高なのよ。」
「おぉっ、ホントか?やるやる、すぐやるっ。」
そう言うなり、ご飯の上に残りを全部乗せてタレまでかけた。
「ふふっ、すぐお茶入れますね。」
「うんっ。」
食べ盛りの少年のように、目をキラキラと輝かせている。男の人って、いつまでも少年なの?
倉庫から出て活躍の場を得た圧力鍋。こうして陽の目を見る日を、じっと我慢して待ってくれていたのかな。
「にしても・・・おやっさんは、なんでコレ使ってこなかったんだろ。こんな使い勝手良いのに。ねぇ。」
神棚の上でおやっさんは、今日も恥ずかしそうに微笑んでいる。
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