第100話 これでいいんだ・・・

「おはよー、ヨーコさぁん。いってきま~すっ。」

 いつもお寝坊さんな美冴ちゃんは、毎朝バタバタと騒がしい。それでも、どんなに急いでいてもちゃんと顔を見せて挨拶してくれる。

「はぁい、いってらっしゃい。気を付けてねぇ。」

 どんな時も明るく前向きで、プラス思考の美冴ちゃん。寝ぐせはバスの中で直すらしい。

「ふふふ・・・今日も元気でよろしいっ。」

 これでいいんだ。


 ちょっと時間の空いた時には、店の前の堤防に座り海を見たりしている。その時々で変わる海の色、風の匂い、空の高さ・・・自然の雄大さと懐の深さを全身で感じられる。

「ミャ~お。」

 そこに、猫の幸一がやって来て横に座った。

「ん、なんだい?パトロールはもう終わりかい?」

 日課の見回り(?)は、もう済んだらしい。

「ミャ~お。」

 軽く毛繕けづくろいし、ひとつ大きな欠伸あくびをすると、そのまま丸くなった。

「ふふふ、もう・・・アンタは、いつものんびりしてるわねぇ。」

 うん、これでいいんだ。


 カラコロコロと下駄の音が聞こえたら、その音の主は港に暮らす作家先生。

「いらっしゃい、いつもの?」

「はい、お願いします。」

 先生は、いつも決まってアジフライ定食。偏食という訳では無いが、気に入ったものがあると「そればっかり」になってしまう性分。

「あぁ、そういえば先生。あの件どうなりました?進んでます?」

「あの件?」

「ほらぁ、編集さんから出されてる『宿題』。」

 担当の編集さんから難しい「宿題」を出されて、藻掻もがき苦しんでいる先生。

「あぁ、えぇ・・・まぁ、少しづつですが、形に出来そうな、気がしてきています・・・。」

「ん?なんか、はっきりしないわねぇ。」

「えぇまぁ・・・まだアイディアをまとめている段階ですが、書いてると・・・少しづですが、面白さが分かってきますね。」

「へ~、そういうもんなのね・・・。」

「まぁ、上手いこと書けるかは、また別の問題ですけど。」

「ふふっ、それもそうね。」

 日々新しいものを生み出すには、それとは反対の「いつもの毎日」が必要なのかもしれないわね。上手くバランスを取らなくちゃ。

「はぁい、お待たせ~。」

「はい。いただきます。」

 うんうん、これでいいんだ。


「ヨーコちゃぁん、お茶しよ~。」

 と、やって来たのは素子さん。床屋の手が空くと、大体うちに来ておしゃべりなんかをしている。最近の一番の悩みの種は、息子の源ちゃん。

「・・・そりゃねぇ、出来る事が増えてくればやりたいこともドンドン出てくるだろうけどさぁ。こう次々と『やりたい、やりたいっ、やりたいっ!』って言われてもさぁ、ねぇ、あの子はいつも上手くいかなかった時の事を考えないのよねぇ。まったく。誰に似たのかしら。」

「ふふふ、まぁ。でも、やる前から『出来ない』って決めつけてるよりは良いんじゃないかしら?」

「ん?まぁ・・・それもそうねっ。」

 信頼していればこそ、心配もする。母の心、届いてるのかしら。

「あ、いたいたっ。素子ちゃん、頭お願い。」

 そして、だいたい客が迎えに来る。

「あ~はいはい、すぐ行くよ~。じゃぁ、ヨーコちゃんまたねぇ。」

「はい、いってらっしゃい。」

 うん、これでいいんだ。


 鈴木ちゃんは漁協の職員。ほぼすべての業務を一人でこなしている。大きくはない港だから出来ていることだろうけど、彼一人に任せきりなのは少々改善が必要かも。

「あぁ、ヨーコさん。お布団干すなら明日のうちが良いですよ。」

「え、そうなの?」

「えぇ。明後日からは、しばらく雨がちなので・・・。」

「うん、分かった。明日のうちね。」

 その上、気象予報士の資格を取って漁師のための天気予報までしてるんだから、働きすぎが心配になることもある。

「いやいや、こうして動いてるのが一番楽なんですよ。」

 なんて言ってるから、根っからのワーカホリックなんだろうけど。

「ふ~ん。まぁ、休める時にはしっかり休むのよ?」

「あ、はい。」

 そんな鈴木ちゃん。自分がパパになったことを知るのは、もう少し先の話。

 うん、これはこれでいいか。


 夕方には、仕事終わりの棟梁が呑みに来る。

「へ~、今日はこんなの作ったの?」

「えぇ、たまたま良いのがあったんでねぇ。味見てもらえます?」

 いつも決まって「なにか変わったのある?」なんて言ってくるから、試作品やありあわせの思い付きなんかを出したりしている。とにかく酒と酒に合うモノが好きで、つい飲み過ぎてしまうものだから、奥さんから「あまり呑ませないでね」と釘を刺されている。

「はぁ~っ、ヨーコちゃんは何でも美味く作るねぇ。」

「ふふっ、ありがと。」

「じゃぁ、ついでにもう一本もらおうかな。」

「もう、今日はこの辺で終わりにしましょ。」

「え~、いいじゃん、もう一本だけぇ。」

「ダメです。私が奥さんに言われるんだからぁ。」

「あ・・・う・・・うん、分かった・・・。」

「ふふふ。じゃ、お茶にしますね。」

「はぁ~い・・・。」

 これでいいんだ。


 日が暮れると『ハマ屋』は店仕舞い。朝の早い港町は、当然夜も早い。

「ふ~ん・・・今日は、こんなもんか・・・。」

 片付けを終えて夜空を見上げるのが、気付けば日課になっている。今日の星空は、雲の上。

「はぁ、今日も一日お疲れ様。」

 誰に言うでもなく呟いていると、

「ミャ~お。」

 幸一がじゃれついてきた。

「なぁに?ご飯ならやったろ?」

 構わずスリスリ。

「もう、アンタはホントに・・・ふふっ。」

 そう、これでいいんだ。

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