第99話 キミは名脇役
「え~っと・・・お酢とお砂糖と、塩少々ね・・・うんうん。」
昔買ったレシピ本を引っ張り出してきた。
「で・・・?あぁ、一旦湯通しするのね・・・。」
スライスした新生姜は、一旦湯通ししてザルに上げておく。
「ふんふん・・・あぁそうね、あっためながらね・・・。」
お酢を温めながら砂糖と塩を溶かしていく。しっかりと溶けたら火を止め、ザルに上げておいた生姜を入れる。
「・・・っと。これであとは、冷ませばいいのね?ふぅん、案外簡単なのね・・・。」
ガリだ。
「ヨーコちゃ~んっ。」
そこに素子さんが入ってきた。
「あら、いらっしゃい。」
「あ~、またなんか作ってる・・・って、珍しいわねぇレシピ見ながらなんて。」
「あ・・・えぇ。思い付きでやってみようと思ったんですが・・・なにせ初めて作るもんだからちょっと不安になっちゃって、へへっ、古いの引っ張り出してきちゃいました。」
この本買ったの・・・高校の時かな?まだ中学だったかな?我ながら物持ちが良いわね。
「へ~。ヨーコちゃんの『寅の巻』だ。」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないですけど・・・。」
「で、なに作ってんの?」
「あぁ、これねぇ・・・ふふっ、ガリをねぇ。」
「ガリ?あのお寿司の横に付いてる?」
「えぇ。あのガリです。」
「え、じゃぁなに・・・遂にお寿司屋さん始めるの?」
「はははっ。いやいやそこまで大袈裟な話じゃなくて・・・ふふふ。ほらぁ、よくうちで紅ショウガ使うでしょ?」
「うんうん。」
「アレをねぇ、ガリにしてみたらどうだろうって・・・ほら、お寿司に合うんだから他の魚料理にも合うんじゃないかなって。」
「あぁ・・・そうかも。」
「ね?で、せっかく新生姜があるんだから作ってみるか・・・ってねぇ。」
「ふ~ん・・・ふふっ、本当にヨーコちゃんは色々考えるわねぇ。感心しちゃうわホント。」
「いえいえ、『やりたくなってしまう』というだけの話で・・・。」
「ふふふ、ねぇ前から思ってたんだけどさぁ・・・そこが不思議なのよねぇ。」
「へ?」
「ねぇ、ヨーコちゃんって、前はデスクワークだったのよねぇ?」
「えぇ。毎日パソコンに向かってパチパチやってました。」
「ねぇ。こんなにいろいろやりたくなってしまう人に、よくデスクワークが我慢できたなぁ・・・って。」
「あ・・・。」
そう言われてみると、私よく退屈しなかったわねぇ。
「ね?不思議だと思わない?」
「あ・・・もしかしたら、その反動が今出てるのかも・・・。」
「あ・・・はははっ。そうかもそうかもっ。」
大きな手をバチバチ言わせながら豪快に笑う素子さん。これぞ港町に生きる強い女の鑑。
「あぁ、でも素子さん・・・これ、すぐには食べらんないみたいです。」
「え?そうなの?」
「えぇ。まぁ、食べても不味いことは無いでしょうけど、これによると『2・3日置くと食べ頃』ってありますから・・・。」
「あらぁ、焦らすのね。」
「ふふ、えぇ。まぁ、冷めたら味見てみますから、そん時また考えます。」
「あぁ、そうね。」
粗熱が取れたら、冷蔵庫へ。
「お・・・うんうん・・・ん?やっぱりまだ浅いか?」
夕方。棟梁に味を見てもらった。
「あ~、やっぱり置かなきゃダメなのねぇ。」
「あぁ。まぁ『新生姜の浅漬け』として出すんなら充分だろうけど、コレを『ガリ』とするのは無理があるかなぁ・・・あ、でも酒には合うよ。」
「え、ちゃんとツマミになってます?」
「あぁ、充分充分。コレで味の濃いのがひとつありゃ、もう無限運動が始まるよ。」
「無限運動?」
「あぁ。酒が止まんなくなる。」
「それは・・・マズいわねぇ。出すのやめようかしら・・・。」
「はははっ、それは困るなぁ。せっかく美味いのが出来たのに。」
「ふふふ。まぁどっちにしても、少し置いた方が良さそうだから、明日・・・明後日あたりかな?何か合いそうなヤツ考えときます。」
「お~、やったぁ~。」
こういう時の子供っぽいリアクションが、棟梁のカワイイとこなのよ。
「ふふっ、何かリクエストがあったら今のうちのどうぞ~。」
「おっ、あ~じゃぁ、そうだなぁ~・・・やっぱりアジフライからかなぁ。」
「あ~、やっぱりそうなるわよねぇ。これは絶体合うわよね。」
「あとは、そうだなぁ・・・シンプルに冷奴とかねぇ。」
「あ~それなら、ミョウガも刻んで入れたら良いんじゃないかしら。」
「あ~っ、ミョウガねぇ。それも良いねぇっ。」
「ふふふ、ねっ。じゃぁミョウガも用意してっと・・・。」
こうやって吞兵衛と食いしん坊の考察は、飽きるまで続くのでした。
ガリなんてどうやっても主役になれない食材だけど、その仕事ひとつで主役を生かしも殺しもする訳だから、この存在はとても大事なのよね。どんな主役でも引き立てる「名脇役」な生き方。私は嫌いじゃないわよ。
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