第96話 父たちの晩餐
ちょうど日が暮れる頃。この時分は大体棟梁ひとり。
「あぁ、そうそう。そこのテーブルなんだけどさぁ・・・。」
「ん、あぁ、コレかい?」
「そうそう。なんか最近カタカタいうんだけど、ちょっと見てもらえる?」
「あぁ。どれどれ・・・。」
ちょっと前からガタつきが気になっていたテーブルを、棟梁に見てもらう。やはり「餅は餅屋」ということでね。
「ん~・・・あぁ、ちょっと
「あらぁ、やっぱり?ねぇ、こういうのってすぐ直せるもん?」
「あぁ、このくらいなら・・・今やろうか?」
「あ、やってくれる?」
「あぁ、ちょっと待ってな。道具持ってくらぁ。」
そう言うと棟梁は、表に停めてある軽トラからいくつか工具を持ってきた。
「え~・・・っと~。」
数回テーブルをカタカタさせると、
「あぁ、コレだなぁ・・・。」
と見当をつけて、ヒョイとテーブルをひっくり返した。
「ん・・・っと、ほっ・・・とっと。これでどうかな?」
元に戻し、またカタカタと。
「ん~、もうちょっとだな。」
と、また同じ作業を。
「・・・うん、これでどうだ?」
すると、キレイにガタつきは無くなった。さすが大工、仕事が速い。
「へへ~ん、こんなもんだっ。」
「んふ、ご苦労様。」
そこへ・・・。
「こんちは~・・・。」
「いらっしゃ・・・あら船長。珍しいわね、こんな時間に。」
普段なら漁師たちはもう寝る時間で、特に船長がこの時間に『ハマ屋』に来ることは、これまで数えるほどしかないが。
「いやぁ・・・へへ、ちょっとね。」
と、いつもの席の腰を下ろす。
「なぁに?素子さんと喧嘩?」
「いやいや、そんなんじゃ・・・。」
素子さんの名前を出しただけでにやけてしまうのは、まだ二人がラブラブな証拠。
「来週から、夜通しの漁が始まるんで・・・それで、体を慣らしておかないとと思ってねぇ、ふぁあ~・・・。」
柄にもなく大あくび。
「あぁん、すいません。で、なんか中途半端にやったもんだから、眠いのに寝付けなくてねぇ・・・そんで、さっきからカラあくびですよ。」
「あらぁ、そんなことってあるのねぇ。」
「えぇ。そんなんだから、素子に『一杯やってきたら?』なんて言われましてね。」
「ふふっ。じゃぁ、ぬる燗にでもします?」
「あぁ・・・いやぁ、ぬるめのお湯割りで。」
「あ、ふふ。はいよ。」
船長お気に入りの古いグラス。耐熱ガラス。
「は~い、お待たせ~。何かつまみます?」
「ん・・・ん~、じゃぁ奴さんを。」
「ん、はいよ~。」
棟梁と船長。二人ともいつもの席に座っているだけなんだけど、なんだか微妙な距離感。そういえば、この二人だけってのも珍しいわね。
「あの・・・棟梁?」
不意に船長が話しかける。
「あ・・・ん?」
「棟梁の息子さんは・・・もう立派なんですよね?」
「あ、ん~・・・まぁ、立派っちゃぁ
棟梁の息子さんは、宮大工の元で修行中。
「でも・・・いずれは跡を継ぐわけですよねぇ?」
「あぁ、どうやらそのつもりでいるようだよ。」
「その時・・・あの、棟梁は・・・?」
「あ?・・・ふふっ、いやぁそう簡単に辞めたりゃぁしないよ。女房にお願いでもされたら別だけど、死ぬまで・・・ぃやぁ、せめて体が動くうちは大工でいるつもりだよ。」
「そう、ですか・・・。」
小葱が多めの冷奴。
「なに船長、源ちゃんがなんか言ってきたの?」
「いやぁ、そういう訳では無いのですが・・・。」
ぬるめのお湯割りをひとすすり。
「あの・・・アイツにも、そろそろ『自分の船』があった方が良いんじゃないかと・・・。」
独り立ちを促す、ということかしら?
「そりゃぁ、アイツはまだ若いですが・・・だからって、いつまでも『若い、若い』って言ってられませんから・・・それに、いろいろやり始めているようですし。」
釣り船・釣り宿の計画のことね。
「あ、じゃぁなに?源ちゃんに『船を買ってやろう』っての?」
「いやぁ・・・あぁ、えぇ。そんなことも考えなきゃか、と。」
「そうかい・・・なんか、感慨深いねぇ。あのちっこかった源ちゃんが、そういうことで親の頭を悩ませてるなんてさぁ。ねぇ、ヨーコちゃん。」
「ん・・・?いや、私その『ちっこかった源ちゃん』の頃知らないけど。」
「あ、はははっ、そうだったそうだった。」
「ふふふ、もう。で、船長どうするんです?買ってやるんですか?」
「いやぁ・・・どうしますかねぇ・・・。買ってやるのも親心なら、自ら買わせるのも親心な気もしますし・・・。」
手を貸すのも、見届けるもの、どちらも大事な親の仕事。
「船長?」
「・・・はい?」
「そうやって・・・あんまり悩むと、眠れなくなりますよ。」
「あ・・・そ、そうですね。こいつはいけません。」
「ふふっ。ねぇ、源ちゃんが何か言ってくるまで、見届けてあげたら良いんじゃないですか?」
「あぁ、それが良いだろうね。」
「ん・・・えぇ、そうですね。」
そう言うと、残りの冷奴を
「ふぅ・・・じゃぁ、コレで寝ます。ヨーコさん・・・。」
「あぁ、いやっ。今日は俺が・・・。」
「え、あぁ・・・いいんですか?」
「あぁ。その代わり、また美味い魚いっぱい釣って来ておくれよ~。」
「あぁ、はいっ。では、ご馳走になります。」
「ふふふ、じゃぁ、また明日ね。」
「はい、おやすみなさい。」
出て行く後姿は、幾分軽やかに見えた。
「さぁて、じゃぁもう一杯もらおうかなぁ・・・。」
「棟梁もこのくらいにしといたら?顔真っ赤よ。」
「えっ?あぁ、そうかい?ん~・・・じゃぁ、お茶にしてもらえるかい?」
「ふふっ、はいよ~。」
子を持つ二人の男たち。生きる世界が違っても、通じ合えるものがあるもんだな。いつかその息子たちが、こうやって酒を呑む時が来るんだろうな。
「ふぅ・・・それまで頑張んなきゃっ。」
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