第97話 かた焼きそばと
ジュー・・・っとフライヤーが良い音を立てている。
「おぉっ、結構豪快な音立てるわねぇ。」
中華麺を揚げている。
普段「うどんの日」にお世話になっている製麺所に「試しに・・・」と中華麺をいくつか持ってきてもらった。てっきり「うどん専門」かと思っていたが、聞いたら「そうめんも冷や麦も中華麺もあるよ」と言うので「それなら・・・」ということになった。
「ふっふっふ・・・あんはもう準備できてるんだもんねぇ。」
カリカリに揚げた中華麺に、切れっ端の野菜を使った熱々のあんをかける。中華風あんかけ焼きそば。
今日は、そんなお昼ごはん。
「よ~し、もういいかなぁ・・・。」
揚げ音が落ち着いてきたら、そろそろ上げどき。よ~く油を切って皿にのせたら、あんにとろみをつけて一気に・・・。
「ぃや、待てよ・・・。」
刺身になり損ねた切れっ端の生魚。
「ふふっ、いいんじゃない?」
その切れっ端を薄く切り、揚げた中華麺の上へ乗せる。
「こんなの・・・もう、贅沢よね。」
港町に居ればこそ出来ること。
「では、あらためて・・・。」
ジュワ~とおいしそうな音を立てて中華麺があんに呑み込まれてゆく。と同時に、刺身に火が通りうっすらと白くなってゆく。
「おぉ、いいじゃない。」
スーパースローで脳内リプレイ。
「独り占めしちゃうのは、ちょっともったいないかなぁ・・・。」
とか言いつつ、ひとりでムシャムシャ食べる。
「むふふふ・・・うんうん・・・。」
なんで美味しいものって、食べると無くなっちゃうんだろうなぁ・・・。
「あ・・・これ、小さく作ってみんなにも出してやろう。」
酒のつまみに良さそうだな、なんてね。
お昼すぎて、夕方に向けての仕込みをしていると、
「ヨーコちゃ~ん、お茶入れて~。」
と、素子さんが入ってきた。
「あら・・・どうしたんです?」
見るからに疲れた顔。
「いやぁ~、今日は朝から立ちっぱなしでさぁ。」
素子さんは近所で理髪店をやっている。
「も~、やんなっちゃうよねぇ。一日暇な日があるかと思えば朝からずっとなんだもん。」
カウンターの席にドカッと腰を下ろした。
「ふふっ、ご苦労様です。あ、じゃぁ・・・お昼はまだですか?」
「いやぁ~、食べたような食べないようなでさぁ。あ、なんか軽く出してくれる?」
「ふふふ、それならちょうどいいのが・・・ちょっと待っててくださいね。」
「うん、お願い・・・。」
大きくため息をつき、素子さんはカウンターにぐったりと伏せてしまった。
港に一軒だけの理髪店。当然港のみんなが利用する訳だから、客が集中する日もあったりする。時間の流れの中心が漁師達で、彼らの手が空く時が重なることも多い訳だから、仕方ないと言えば仕方ない。その点は私も似たようなもんだけど、一度に多く作れる料理と、一対一でしか対応できない散髪とでは、その負担は比べようがない。
「は~い、素子さん。こんなのいかがです?」
例の中華風あんかけ焼きそばを、小どんぶりで出してあげる。
「あぁ、ありがとうヨーコちゃん。なに~、美味しそうじゃない。」
「ふふっ、お昼にねぇ、ちょっとやってみたんです。」
「かた焼きそば?」
「えぇ、そんな感じのものです。」
「ん~、いただきますっ。」
バシッと手を合わせ、勢い良く食べだした。
「んん~・・・うん・・・っ。」
こうして美味しそうに食べてくれるのが、なにより嬉しい。
「ん~・・・はぁっ、生き返った~。」
こういう時の表情は美冴ちゃんとよく似てる。いや、美冴ちゃんが受け継いだんだな。
「ふふふ、もう、大袈裟なんだからぁ。」
「いや~、美味しいじゃない。コレみんなに出してやんなよ~。」
「えぇ、そのつもりでさっきから用意してるんです。ふふっ、お酒に合いそうだなぁなんて、思いながらね。」
「あぁ、合う。絶対合うっ。」
「ねぇ、合いそうですよねぇ。」
「うん。このお刺身入れたのが、また憎いわねぇ。」
「ふふ、ありがとうございます。」
お気に召したようで何より。と、そこに・・・
「あぁ、素子ちゃんいたぁ。頭、お願いしていい?」
と、ベテラン漁師が顔をのぞかせた。
「あぁ、あいよぉ。すぐ行くから、待ってて~。」
「ふふふっ。」
「ねぇ。ゆっくりお茶もしてらんないわ、も~。」
「ふふっ、行ってらっしゃい。」
「うん。じゃぁ、また来るねぇ。」
そう言うと、肩を回しながら素子さんは戻っていった。
「ホント・・・ご苦労様。」
夕方からは漁師達の夕飯、及び晩酌の時間。その中には刈りたての頭がいくつも。
「ヨーコちゃんは、相変わらずいろいろ作るねぇ。」
例のアレを出してやった。
「どう?気に入ってくれた?」
「あぁ、もちろんさぁ。こんなん毎日でもいいよぉ。」
「も~、調子いいんだからぁ。」
「いやいや、ホント。でっかい大皿で山盛り食べたいくらいだよ。」
「あ~、言ったねぇ。覚悟しなよ~、ホントに作るからねぇ。」
「お、おぉ、望むところじゃねぇかぁ。はははっ。」
「ふふっ、もう。ホントに調子いいんだから。」
海の上ではいつも真剣勝負の漁師達が、心置きなく羽を伸ばせる場所。それがこの『ハマ屋』なんだ。その場所をこうして任せてもらえてると思うと責任感も感じるけど、あんまり張り切り過ぎると漁師たちが落ち着かないだろうから、程よい力加減でこれからもやっていこうと思う。
「ヨーコちゃぁん、もう一本。」
「はいよ~。」
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