第95話 今日のお題

「あぁ、来た来たっ。ヨーコちゃん、ちょっとコレ~。」

「ん、なぁに?」

 朝、港での仕入れ。とは言っても、港の人達は『ハマ屋』が日常的に使っている食材は把握しているし、形式上は漁協の直営店なので難しい交渉事は一切ない。それどころか・・・

「コレなんだけどさぁ・・・。」

「ん?タチウオ・・・にしては随分短足ねぇ。」

「あぁ、結構根元の方から尻尾が切れちゃっててさぁ。そんなんだから・・・。」

「うん、分かった。美味しくすればいいのよね。」

「あぁ、悪いけど頼むよ。」

「あ~、ヨーコちゃんっ。こっちのスズキもお願い。」

「なに、スズキもあるの?」

 ・・・ってな具合に、キズがあったり型が悪かったりするものを「有効利用」の名のもとに押し付けてきたりする。最初のうちは「良い心掛けね」なんて思ってたけど、こう頻繁にあると大喜利でもやってる気分になってくるのよね。

「そうねぇ・・・あぁ、じゃぁ・・・ふふふっ。ねぇ、あとでみんな来るでしょ?」

「あぁ、夕方あたり行くよ。」

「ふふっ、じゃぁちょっと期待してて。」

「あ、あぁ、分かった。じゃ、あとでな。」

 おかげで随分と引き出しも増えたからいいんだけど。


「よしっ、じゃぁやりますか。」

 いつもの開店準備を終わらせ「今日のお題」に取り掛かる。

「まずは・・・っと。」

 鱗を落とし、ぶつ切りにしたら、そのままグリルで焼いていく。骨は後で処理をするので、今は気にしない。

「その間に・・・と。」

 調味料をあわせておく。味噌に砂糖に醤油も少し。ダマにならないように良く混ぜておく。

「・・・うん、よしっ。」

 魚が焼けたら、ほぐしていく。少しでも骨が残っていると気になるので、ここで徹底的に取り除いていく。もっとも、白身の魚は火を通すとホロホロになるので、ほぐしていくと骨の方から勝手に出てきてくれるんだけど。

「うん、いい具合じゃないっ。」

 白身魚で「肉味噌風」なものを作ってみたら美味しいんじゃないかと、前から思ってたのよね。

「よし、あとはお鍋で・・・。」

 お鍋にほぐした魚と日本酒をひたひたに入れ、火にかける。

「おぅっ、酔っぱらっちゃう酔っぱらっちゃう。」

 アルコールを飛ばしつつ、日本酒を吸わせていく。日本酒の旨味が料理にいかせることに気が付いたのは『ハマ屋』に来てからのこと。

「ん~・・・こんなもんかなぁ。」

 充分にアルコールが飛んだところに、あわせておいた調味料を入れる。ここからは焦がさないように、火加減に注意。

「うん、分量もちょうど良かったんじゃない?」

 目見当の精度も上がりました。

「ん~コレコレっ、いい香り~。」

 日本人のDNAに刻まれた、ご飯が進むあの香り。

「ん~・・・もう、ちょっとかなぁ・・・。」

 程よく水分が飛び、全体の一体感が出てくるまで手は休めない。

「ふん・・・っ、うん。よし、こんなもんでしょ。」

 ちょっと味見。

「・・・ん、ふふふっ、いいんじゃない?」

 茶色い食べのもは正義。

「よしっ、ひとまず終了っと。」

 冷えてくれば、また味わいも変わるというもの。


「さて、さっきの続き・・・っと。」

 お昼のラッシュを乗り切って、自分のお昼ご飯。

「うどん、うどん・・・。」

 毎月13日は、うどんの日。よって、大体その翌日は余ったうどんを使うことになる。

「冷やしの方が、合うわよね。うん。」

 茹でたうどんを流水で締め、丼に盛る。そこに先程の「白身魚の肉味噌風」をのせる。

「んふふふ・・・コレをやってみたかったのよねぇ。」

 良い景色。

「では、いただきますっ。」

 よく混ぜてから、一気にすする。

「んっ・・・ふふっ、ほらね。」

 予想通りの展開。魚の風味がしっかり生きている。

「ほらほらぁ、美味しいじゃない・・・ふふふっ。」

 こういうものは、食べ切るのに大した時間はかからない。

「あ・・・これ、釜玉でも合うかも。」

 うん、今度やろう。


 夕方。いつものように呑みに来た面々に、うどんを小鉢で出してやる。

「あ~なに、ヨーコちゃんこんなの考えてたの?」

「結構ねぇ・・・ふふっ、思ったより良く出来ちゃった。」

 概ね好評、といった具合だけど・・・。

「俺は・・・もうちょっと辛くてもいいかなぁ。」

 まぁ、そういう意見もあるわよね。

「あぁホント?じゃぁ、ちょっと七味かけてみる?」

 こうやって、また引き出しが増えていくのです。

「それにしてもさぁ・・・あれだ、ヨーコちゃんにかかると、何でも美味しくなるなぁ。」

「あ、ヤダよぉも~。食材が良いから何やっても勝手に美味しくなってくれるんだよ。」

「またまたぁ、謙遜しちゃって~。」

 謙遜でもなんでもなく、この鮮度の魚が手に入るのは港町の特権なのです。

「なぁ、ヨーコちゃんさぁ。これ、おにぎりの具でもいいんじゃないのかい?」

「あ~・・・おにぎりねぇっ、いいじゃないっ。あっ、シメに出そうか?」

「あぁ、お願いするよ。」

「ふふふ、はいよ~。」

 こうしてみんなが笑顔で食べてくれるのが、私にとっては至福の時間なんだな。


 今日も港の日が暮れて、じきに明日がやって来る。明日はどんな魚が私のもとにやって来るのか。ドキドキとワクワクで、毎日が・・・結構楽しいっ。

「さぁ~て、お風呂入って寝よっ。」

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