第94話 つれないヤツ
「ねぇ、棟梁。やっぱりこの子釣果悪いわよ。」
棟梁が猫の毛を使って作ってくれた疑似餌。その後もなかなか釣果が上がってこない。
「猫の匂いがついてると釣れないのかしら?」
「いやぁ、そんなこたぁ無ぇと思うけど・・・アレか?やっぱ海じゃ釣れねぇのかなぁ?」
「え?なにこれ、川釣り用なの?」
「あぁ、いや『専用』って訳じゃねぇけど、川でやってる奴等には好評だからさぁ。」
どうやら周囲の釣り好きたちのも配っている様子。
「やっぱ海と川じゃ違うもんなのかねぇ。源ちゃんはどう思う?」
「えっ?んあぁ、そうだなぁ・・・海ん中には、あんまりいねぇんじゃねぇかなぁ。そういうの感じのは。」
「ふ~ん、じゃぁやっぱりこの子じゃ難しいのねぇ。」
「あぁ、でもカサゴとかならいけるんじゃねぇのか?」
「カサゴ?この辺で釣れる?」
「あぁ、そこらにいるよ。」
なんて簡単に言うけど・・・。
「あ、あのさぁ。源ちゃん言う『そこら』ってのは『船を出せば』って事でしょ?私が言ってのは『徒歩圏内でもいるか?』ってこと。」
「ぷっ、徒歩圏内?」
思わず噴き出した源ちゃん。
「えっ?なんかおかしい?」
棟梁までクククと笑っている。
「え?な、なによぉ・・・だからぁ、なに『おかっぱり』っていうの?そいうさぁ、歩いていける範囲で釣れるかって話をさぁ・・・もう、笑ってないで。」
「ククク・・・いや、悪りぃ悪りぃ。ぃやまぁ、釣れるときは釣れるよ。ははっ。」
「ん?なによ、投げやりに・・・こっちは結構真面目なんですけど?」
「ふふふ。いやいや『徒歩圏内』ってのがあまりにもおかしくてなぁ。まぁ、真面目な話、確率で言ったら船で出た方が釣れるかな・・・ってとこじゃねぇかなぁ。」
「じゃぁなに、釣りたきゃ船出してやるぞ・・・ってこと?」
「あ?いやぁまぁそこまでは言わねぇけど、ちょっと出た方が確率は高いぞ・・・ってとこだな。」
「ふ~ん・・・ん、棟梁?いつまで笑ってんの?」
「ん・・・ふふっ。ごめんごめん・・・ふふふ。」
「ふふっ・・・もう。」
「・・・で、底を狙えばいいのね?」
「あぁ、ベタ底な。」
結局、源ちゃんの船で「ちょっと沖」まで出ている。
「うん、ベタ底ね・・・。」
チャポンと重りと疑似餌を落とし、底につくまで待つ。
「あとは、ちょこちょこ誘ってれば食ってくるから。」
「へ~、そうなのねぇ・・・。」
洋上に二人きり。まさか手を出してくることは無いと思うけど、一応「何かあったら素子さんに言いつけるから」と釘は刺しておいた。
「アタリは?すぐわかる?」
「あぁ、そんなに強くはねぇけど食えばすぐわかるよ。」
「ん・・・分かった。」
凪。優しい風が気持ちいい。糸はピンと底まで張ったまま。
「なぁ、ヨーコ・・・?」
「・・・ん?」
「真輝のヤツ・・・最近、変じゃねぇか?」
「へぇっ?」
まさかその話題が源ちゃんから出てくるとは思わなかった。
「なんつ~かさぁ、ぎこちねぇと言うか時折挙動不審というか・・・なぁ。」
「そう、かしら?」
「あぁ・・・。」
それに気づいていて、なぜ真輝ちゃんの気持ちに気付けないのか。
「・・・なんか、妙にニコニコしてたり、急に距離を取ったり・・・なぁ。」
これは、真輝ちゃんの「匂わせ」が少しは効いてるって事かしら?それなら、少し背中を押すくらいは良いわよね。
「そうかなぁ、変わんないと思うけど・・・あ、ふふっ、アレじゃない?源ちゃんが真輝ちゃんのこと意識してるから、そう見えるんじゃない?」
「あ、はっ?俺がっ?真輝のこと?そんな・・・。」
「ふふ、案外そういうものかもしれないわよ?」
「そんな・・・俺がか?」
「えぇ。違う?」
「そんな訳・・・だって、真輝は・・・。」
「ほらぁ、よくあるじゃない?幼馴染の二人が・・・ってのがさぁ。」
「あ・・・そりゃぁお前、マンガの話だろぉ?」
「あらぁ、そうとも限らないわよ?」
「で、でもよぉ・・・。」
そう言ったきり、源ちゃんは黙ってしまった。少し、余計なお節介をしてしまったかな。
釣り始めてから、二時間は経ったのだろうか。糸はまだ、ピンと底まで張っている。
「ねぇ・・・源ちゃん?」
「ん・・・あ?」
「東京湾の魚って、絶滅したの?」
「はっ?そ、そんな訳ねぇだろっ。」
「じゃぁ、なんで釣れないのよっ。」
「お、俺が知るかよっ。ヨーコの腕が悪いんじゃないのか?」
「はぁ?私は源ちゃん言うようにやってるけど?」
「じゃぁなんで・・・あ、やっぱり・・・アレか?」
棟梁が作った、猫の毛で作った疑似餌。
「ふふっ、やっぱり猫の匂いがするから魚が寄ってこないのよ。」
「そんな訳・・・あぁ~んっ、もうやめだっ。帰るぞヨーコぉ。」
「ふふ、そうね。棟梁にしっかり報告してやりましょ。」
結果的には坊主に終わった今回の釣行。別の意味での収穫はあったから、個人的には「ドロー」といったとこかしら。
「ええっ?まったくかいっ?」
驚きを隠せない棟梁。
「あぁ、まったくピクリともしねぇの。ヨーコのヤツしまいには『東京湾の魚は絶滅したのか?』なんて言い出すし・・・。」
「ホントよ。何の反応もないんだもん。」
「え~、本当に・・・?」
にわかには信じがたいという表情。
「え・・・あぁ、じゃぁ分かった。今度それ持って川釣りに行こう。なぁ、そうすりゃ・・・。」
「イヤよ。なんでわざわざ山まで行って釣りしなきゃいけないのよ。ねぇ、目の前で出来るのに。」
「ははっ、まったくだ。」
「いやぁ、そう言わねぇでさぁ。一回だけ・・・。」
「イヤよっ。」
「ん~・・・もう、つれねぇなぁ。」
「あ、なに棟梁。ダジャレ?」
「あ・・・そ、そんなんじゃ・・・。」
そんな訳で、猫の毛の疑似餌はこの日以来オブジェと化したのでした。
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