第93話 じれったい二人 花は匂えど
「ふえぇ~・・・もう分かんなぁい。」
源ちゃんに対する「匂わせ作戦」を実行中の真輝ちゃん。どうやらその匂いは源ちゃんに届いていない様子。
「も~・・・どうやったら気付いてくれるのよぉ。」
真輝ちゃんのやり方が不器用すぎるというのはあるのだろうけど、この「幼馴染」という近すぎる距離が真輝ちゃんの思いを届きにくくしている。その上、源ちゃんのあの鈍感さである。
「あ~もぉ~、あんなに勉強したのになぁ、なんも役に立たないんだもんなぁ・・・。」
「ん?勉強?」
「うん・・・小説読んだりマンガ読んだりさぁ・・・。」
「小説や漫画で、勉強?」
「ほらぁ・・・幼馴染のもどかしい恋模様を描いたようなのをさぁ、いくつも読んだのに・・・。」
「それって・・・参考になったの?」
「だからぁ~・・・なんの役にも立たなかったってぇ・・・そりゃぁねぇ、共感できるとこはあったけど・・・。」
「まぁ、そういうのはもどかしさを楽しむもんだからねぇ。」
「むぅ~・・・参考資料を間違えたかなぁ。」
「ふふっ、たぶんね。」
「ん~、もう、笑い事じゃないってぇ、他人事だと思ってぇ・・・。」
「ふふふ、ごめんごめん。」
「んん~、なんかヨーコさん・・・楽しそう。」
「え?んふふ、そう?」
まぁ、実際この「じれったい二人」を見て楽しんでいるところはある。
「ほら、そろそろ源ちゃん達来る頃よ。」
「うぁあ、もうそんな時間・・・うぅ、私トイレに隠れる。」
「ふふっ、ダメよ。せっかくいるんならお手伝いして。」
「・・・はぁ~い。」
漁師たちが帰ってくると、一気に『ハマ屋』は賑やかになる。今日の労をねぎらい明日への活力を蓄え・・・時には愚痴をこぼす。毎日のことだけど、少しづつ違う毎日。
「ヨーコ~、揚げ出しふたつね~。」
「はいよ~。」
当の真輝ちゃんも、こういう時のお手伝いは慣れたもの。
「は~い、熱燗と・・・お湯割り梅干し入りねぇ。」
「ヨーコぉ、玉子焼きって・・・頼んでもいいか?」
「あ~・・・ちょっと時間かかっても良ければ・・・。」
「あぁ、じゃぁ頼むよ。コレ吞んで待ってらぁ。」
と、お銚子を掲げる漁師。
「うん・・・あ、おかわり?」
「あぁ。それと一緒に出してくれるか?」
「はいよ~、ちょっと待っててねぇ。真輝ちゃ~ん、熱燗の準備お願~い。」
「はぁ~い。」
さすがに源ちゃん一人にかまっている余裕はない。
漁師達の夜は早い。空腹を満たし、仲間との絆を確かめ合った後は、みな家路につく。「ひとっ風呂浴びたら寝る」者もいれば「帰って晩酌」という猛者もいる。
「ヨーコ、もう一杯。」
そんな中、源ちゃんは一人残って余韻を味わったりしている。まぁ、源ちゃんにとって『ハマ屋』は第二の食卓みたいなもんだから、いつものことなんだけど。
「ん?今日はそのぐらいにしておいたら?」
今日はよほど機嫌が良いのか、いつもより酒が進んでいた。
「あ・・・あぁ、そうだな。呑み過ぎは、良くねぇよな。」
最近は妙に素直だったりする。
「お茶にする?」
「あぁ、頼む。」
「あ、じゃぁ私がっ。」
ここぞとばかりに真輝ちゃんが、率先してお茶の準備をする。その姿を、源ちゃんの視線が追う。
「なぁ、真輝・・・。」
「・・・ん?」
「お前・・・大人になったんだな・・・。」
何を、しみじみ言いだしたんだ?
「な、なによ源ちゃん・・・あ、当たり前でしょ。私だって・・・いつまでも、子供じゃないんだからっ。」
真輝ちゃんはそう言うと、お茶を持って源ちゃんの隣に座った。今までになく、とても自然に。
「あ・・・あぁ。そう・・・だな・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・あ、お茶。はい。」
「あ・・・あぁ、うん。」
じれったい。けど、もう少し見届けることとしよう。
「で・・・なに?急に『大人になったなぁ』なんて言い出して。」
「あ、あぁ・・・なんか、な・・・。」
「・・・ん?」
「あぁ・・・さっき、ヨーコの手伝いしてるの見て・・・子供の頃、思い出してな。」
「あ・・・またおままごとのこと?」
「あぁいや、それもだけど・・・あのおチビだった真輝が、立派にお手伝いしてるなぁって。」
「あ・・・う、うん。ありがと・・・。」
良い雰囲気。とても良い雰囲気。わくわく。
「・・・真輝?」
「ん・・・?」
「お前は・・・きっと、良い嫁さんになるな。」
「え・・・?う、うん。」
「いるんだろ?良い人。今度連れて来いよ。」
へ?
「あっ・・・も、もうっ。」
「ぁん?」
「・・・源ちゃんのバカ。」
「はっ?なんだよ急に。」
「んんっ・・・よ、ヨーコさん、私もう帰るねっ。明日仕事あるし、もう戻んなきゃ。」
東京で一人暮らししている真輝ちゃんは、週末だけこうして戻ってきてお手伝いなんかをしてくれている。
「あ、う、うん・・・。」
「あぁ。気を付けて帰れよ。」
慌ただしく出ていった真輝ちゃん。その表情が悔しさに溢れていたのを、源ちゃんは気付かなかったろうな。
「・・・源ちゃんっ?」
「な、なんだよぉ。」
「もう少し言い方ってのがあるんじゃない?」
「は?俺、なんか変なこと言ったか?」
「あのねぇ・・・」
いや、源ちゃんはまだ知らない事なんだ・・・。
「もう・・・。女の子って、繊細なのよ。」
「あぁ、そうだろうけど・・・。」
何を言ったらいいのかわからなくなってしまったのか、源ちゃんはそれっきり黙り込んでしまった。
不器用な真輝ちゃんと、鈍感な源ちゃん。この二人の関係に決着がつくのは、もう少し先の話。
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