第91話 飽きない味を
「そろそろ、来るよ頃ね。」
三浦野菜の農家をしているイズミさん。
「えぇ、『午後
彼女が来るのを、明音さんと待っている。
彼女の名前が「イズミ」だという事も、さっき明音さんから聞いた・・・。
「あぁ、来ましたぁ。」
白い軽トラが『ハマ屋』の前に止まり、次いで明るい声と共に彼女・・・イズミさんが顔を見せた。
「ヨーコさ~んっ。へへ~ん、どうも~っ。」
「ふふふ、いらっしゃい。」
彼女を見ると、何故かつい笑顔になってしまう。
「あっ、明音ちゃんもいたぁ。明音ちゃ~んっ。」
今にも抱き付かんとばかりの、陽気な挨拶。
「も~、イズミさんたらぁ、人前ですよぉ。」
「え~、いいじゃぁん、減るもんじゃないんだし~。」
「あぁ~あの、増えても困るので・・・。」
「えっ、それはそれで嬉しい。」
「え、えっ?」
「こんなカワイイ明音ちゃんが二つ三つって増えてったら・・・うん、私嬉しいっ。」
「え、え・・・え~。」
なんだ?この挨拶は。
「ふふふ、もう・・・ほら、座って。それは・・・?」
ビニール袋に一杯、何か持ってきている。
「あぁ、これ?これねぇ、ウチの人参。まだちょっと小さいんだけどさぁ、このくらいの時の葉っぱが美味しいんでヨーコさんに食べてもらおうと思ってね。」
「へぇ、人参ねぇ・・・。」
確かに本体の方は小振りだが、葉っぱの方は良い香りがしている。
「
「あぁ、天ぷらねっ。良いわねぇ、やってみようかしら。」
「うん、是非是非っ。」
「それにしてもさぁ、明音ちゃんの旦那。頑固ねぇ。」
彼女の作る野菜を仕入れるかどうかの交渉を、鈴木ちゃんとやっているのだが、どうやら難航している様子。
「そりゃぁ、ウチの子達は安くはないからさぁ・・・分からなくは無いんだけどねぇ。」
「まぁ、話が『ビジネス』になるとどうしても厳しくなるわよねぇ。」
情だけではどうにもならない部分って、どうしてもあるわよね。
「だから代わりに・・・こうやって明音ちゃんとイチャついちゃうんだもんねぇ。」
と、明音さんに抱き付こうとするイズミさん。
「も~、イズミさ~んっ。」
「こ~ら、そういうのは人目の無いところでやりなさい。」
「ん~・・・じゃ明音ちゃん、今から二人でどっか行っちゃおっか?」
「え、えっ・・・よ、ヨーコさん助けてぇ~。」
「はははっ。イズミさん?このくらいにしとかないと、冗談じゃ済まなくなるわよ?」
「はぁ~い・・・ふふっ。」
まぁ、明音さんを襲ってしまいたくなる気持ちは分からなくはない。
「は~い、こんな感じでどうかしら~。」
人参の葉が良い具合に揚がった。緑が鮮やかだ。
「そうそうこの感じ、食べてみて美味しいからっ。」
生産者イチ押しの食べ方を、まず明音さんが頬張る。
「はむっ・・・ん・・・ぅん、うんうん。はぁ、ホント、美味しい。爽やかな香りに程よい苦みに・・・え、甘い?あとから少し甘みが来る・・・。」
「ねっ、ねっ?美味しいでしょ~?」
「えぇ、人参の葉っぱって美味しかったのねぇ。なんか・・・パセリのえぐみを弱めた感じ・・・?」
「ふふ~ん、この味は若いうちしか無いのよねぇ。ねっ、ヨーコさんも。」
「え、えぇ。」
確かに軽い食感。成熟しきっていない繊維の柔らかさを感じる。
「うん・・・うんっ、美味しい。」
「ねぇ~っ。」
イズミさんのなんとも嬉しそうな笑顔。
「ねぇ、ヨーコさんなら、これどう料理します?」
「え?う~ん、そうねぇ・・・香りがいいから、小さくちぎってポテトサラダのアクセントにしたり・・・あぁ、茹でて『おひたし』にしても良いかも。」
「あぁっ、おひたしねぇ。その手もあったかぁ・・・いやねぇ、ウチの娘が『ママの料理はいつも同じだから飽きた』なんて言うもんだからさぁ、いろいろ考えてはみてるんだけど、なかなかイイ感じのが思い付かなくてねぇ。」
「え、なに、娘さん反抗期?」
「いやいや、そうじゃないんだけどさ。やっぱり『いつも同じ』なんて言われたら悔しいじゃない?そうじゃなくっても野菜ばっかりな食卓なのにさ、はははっ。」
「ふふふ。でも、いろんな野菜育ててるんだから、季節ごとに違うのが出るのよねぇ?」
「そうっ、そうなの。なのにさぁ、娘が言うには『いつも同じ』だって・・・。」
「ふふ、そんな贅沢なことを・・・。」
「ねぇ、ホントよねぇ・・・あぁ、それでさぁヨーコさんはどうしてるの?ここは毎日同じ人が来るのよねぇ?『今日もコレかよ~』とか言われないの?」
「え、ウチは・・・ふふっ、ウチはみんなに『変えるな』って言われてる。」
「えぇっ?そうなの?」
「うん。棟梁が言うには・・・あ、いつもそっちの席に座ってる常連のおじさまがね・・・彼が言うには『いつもの味が待っていてくれるのがありがたいんだ』って。」
「へ~、そうなの?」
「うん。だから、なるべく変えないようにしてる・・・つもり。」
「あ、え、つもり?」
「ふふふ、うん。だって、いろいろやりたくなっちゃうじゃない?だけど、変えると『これじゃない』って言われるからさぁ。まぁ、みんながいつも食べるのは同じに作って、それ以外でやりたい放題やらせてもらってる・・・って感じかな?」
「ははっ、やりたい放題っ。」
「ふふ、そうそう。」
「そのやりたい放題がことごとく美味しいんですよ、ヨーコさんの場合。」
「へぇ、そうなのっ?」
「も~、明音さんはいつも褒め過ぎなのよぉ。」
「いえ、本当のことですよ?」
明音さん時折見せるこの悪戯っ子のような表情に、
「あぁん、も~明音ちゃんカワイイ~っ。」
イズミさんもメロメロ。
「あぁ、もぉ、そうやって何かにつけて抱き付こうとしないでくださいぃ。」
「ふふふ、イズミさんっ・・・その辺で。」
「むぅ~、はぁ~い・・・。」
農家は意外と、時間に追われた生活をしている。
「じゃぁ、ヨーコさん。今度娘連れてくるわ~。」
日が沈む前にやっとかなきゃいけないことがあるから・・・と、白い軽トラを転がしてイズミさんは帰っていった。
「ヨーコさん。私、今度彼女にあったら・・・襲われてしまいます。」
「ん?ふふ、それならそれで良いんじゃない?」
「え?よ、良くありませんっ。私・・・そういうのは・・・。」
「ふふふ、も~冗談よっ。」
「あ、う・・・もぉ、ヨーコさんの意地悪っ。」
「ふふっ。ねぇ、最近鈴木ちゃんとは・・・どうなの?」
「え?えぇ・・・ふふふ、仲良く、やってます、よ?」
「ん・・・うん、それなら良かった。」
「・・・はい。」
ちょっと、期待しちゃってるのよね。
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