第90話 叩いて焼いて
ジューっとフライパンが良い音を立てている。
「やっぱりさぁ、もったいないんじゃない?焼いちゃうの。」
アジのなめろうを、ハンバーグよろしく焼いている。
「え~っ、ぜ~ったい美味しいってぇ。」
美冴ちゃんのリクエスト。
「そりゃぁ、美味しいでしょうけど・・・あ、もうそれくらいで良いわよ。」
横で美冴ちゃんは大根おろしを作っている。みぞれハンバーグ、といったところかしら。
「あ、うん。じゃぁ、次は・・・ポン酢?」
「うん、そこのかぼす絞っといて。」
「は~い。」
お手伝い好きの美冴ちゃん。でも、あまり細かい作業は危なっかしくて任せられない。
「指、気を付けてねぇ。」
「うん・・・あ、も~、私そこまで子供じゃないもん。」
「ふふふ・・・念のため、ね。」
「ん~、信用がないなぁ。」
「ほらっ、手ぇ動かす。」
「んん、はぁ~い・・・。」
中までしっかり火を通すか迷うところだけど、あくまで「ハンバーグ」という事なら生っぽさは無い方が良いのだろう。
「ん~・・・もうちょっとかな?」
「んふふふ・・・ん~っ。」
美冴ちゃん、至福の表情。
「むふふ~、ほらぁ、やっぱり美味しい。」
「そりゃぁ、美味しいでしょうよ・・・。」
新鮮なアジで作ったなめろうをハンバーグにしてるんだから、美味しくならない訳がない・・・のは分かるんだけど。
「でもさぁ・・・やっぱり、焼いちゃうのはもったいないんじゃない?」
「え?でも美味しいよ?」
「美味しいけどさぁ・・・。」
みぞれポン酢も良く合っている。
「やっぱり、アレなの?美冴ちゃんも、魚を生で食べるのは飽きちゃってるの?」
「え?ん~・・・飽きてる訳じゃないけど・・・うん、新鮮味は無い、かな?」
「あぁ・・・そうなのね。」
新鮮な魚を食べるという贅沢が「日常である」ということが、海無し県出身者には羨ましいと思う反面、これを贅沢だとは感じない事は少々気の毒だとも思う。こんな幸せがすぐそばにあるのに・・・。
「はぁ~っ、美味しかった~。ねぇヨーコさん、コレ新たなメニューにしましょうよぉ。」
「え、これを?」
「うんうんっ、絶対人気になるって。」
そう簡単言うけどさぁ・・・。
「これ・・・作るの結構大変なのよ?」
「え、でも・・・ぉ。」
「なめろう作るのにどれだけ叩いてると思ってるの?今日だって暇があったから出来たけど、そうじゃなかったらやるのイヤだからねぇ。」
「あぁ、そうかぁ・・・。」
「それに、大量に注文された日には私腕が十本あっても足んなくなるわよ。」
「ん~・・・あぁ、それならミンチの機械買ったら?」
「ん?ふふふ、それも簡単にはいかないのよ。機械だって安くないし、もう置き場もないし。」
先代のおやっさんによって育てられた厨房は、システムキッチンのように隙間なく、手足のように使いやすく出来ている。新たに機械を置くスペースは無い。
「あぁ・・・そう、だね。」
落胆の表情を見せる美冴ちゃん。
「まぁでも、時間と体力に余裕のある時は作ってあげられるけど・・・。」
「ホントっ?やったぁ~っ。」
「でもさぁ・・・やっぱり、焼いちゃうのって・・・。」
「もったいなくないっ。美味しいのは正義っ。」
「ぷっ、はははっ。それもそうねっ。」
そこへ入ってきたのは、鈴木ちゃん。
「あら、今日は早いんじゃない?」
「あ、えぇ。今日は、明音さんがいないので・・・。」
「あ~、そうだったわね。」
「え、なに?明音さん、出てったのっ?」
「あぁ、いえいえ、そうじゃなくって・・・。」
「今日、明音さん同窓会なのよ。ねっ。」
「えぇ、高校の頃のクラス会だそうで・・・なので、夕飯はこちらで。」
「ふ~ん・・・。」
と、なにやら美冴ちゃんが意地悪な顔をしているが・・・。
「なんにする?」
「えぇ・・・っと。じゃぁ、もつ煮を定食にしてもらえます?」
魚の内臓を使ったもつ煮。味噌ベースの濃いめの味付け。
「はいよ。あ、なんか呑む?」
「あ・・・いえ、今日はやめておきます・・・起きて待っていたいので。」
自然と愛妻家ぶりを見せる鈴木ちゃんに、
「ねぇねぇ、その同窓会って・・・男子も来るの?」
なんて質問をぶつける美冴ちゃん。
「あ、えぇ。結構な大人数だって聞いてます。」
「ふ~ん・・・。」
「美冴ちゃん?」
「ねぇ、じゃぁさぁ・・・その中に明音さんの初恋の人とか・・・。」
「美冴ちゃんっ。」
さすがに意地悪が過ぎるというもの。
「え~っ、だって気になるじゃん。」
「そりゃ、気になるけど。」
「やっぱり、気になります?」
あ・・・。
「あ、いやいやいや、鈴木ちゃんそうじゃなくって・・・。」
と、言えば言うほど・・・。
「あぁ、いえいえ、いいんです。僕も・・・ずっと気になって、仕方ないので・・・。」
「ね~、気になるよねぇ。」
「もうっ、美冴ちゃんっ。」
これは後で素子さんに叱ってもらいます。
「いえ・・・明音さんのことですから、きっと学生時代から人気者だったはずです。」
「あ・・・えぇ、きっとそうね。」
「ですから・・・ですから・・・っ。」
「もう・・・そんな心配しなくても、大丈夫だと思うわよ。ねぇ。明音さんのことだもの、今頃鈴木ちゃんの自慢話して周りが引いてるんじゃないかしら。」
「あ~、それ有りうる。」
「そうでしょうか・・・?」
「えぇ。きっとそんなところよ。」
「それはそれで・・・僕、恥ずかしい。」
「ぷっ、もう・・・ふふっ。しょうがないから、明音さんが帰って来るまで付き合ってあげるっ。遅くはならないんでしょ?」
「えぇ、そう聞いてます。」
「あ、じゃぁ私も~。」
「美冴ちゃん?」
「・・・はい?」
「ふふ、程々にね。」
「は~い。」
「まぁ・・・ふふっ、そんなことを。」
帰宅した明音さんにそのあたりの話をすると、
「もう・・・そんなに心配しなくっても・・・ふふ、私はあなたのものですよ?」
「あ、明音さん・・・っ。」
夫婦愛を確認し合う場面に立ち会うことになってしまった。
「ふふふ・・・ねっ。」
「はい・・・。」
いや、見てるこっちが恥ずかしいわいっ。
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