第89話 新竿初陣
「よ・・・っと。むふふっ、イイ感じイイ感じっ。」
堤防の突端で、竿を振っている。
「やっぱり、軽いって良いわねぇ。」
竿を新調した。さすがに源ちゃんのおさがりの重さに耐えかねて、片手でも振れる軽い竿にした。一緒にリールも買ったので結構な出費だったけど、ヒュッと音を立てて針を飛ばすこの軽快さには代えられない。
「さぁて、何が掛かるかなぁ・・・。」
棟梁特性の新しい毛針・・・。
ある時、棟梁が熱心に猫の幸一を撫でているので何をしてるのかと訊いたら。
「今は、コイツらの毛が生え代わる季節だろ?ほらぁ。」
と、手に毛をいっぱい付けて見せてくれた。
「あらぁ、ホント・・・結構な量ね。」
「だろ?だからさぁ、コイツでいっちょ仕掛けを作ってやろうと思ってねぇ。」
「仕掛け・・・?」
「あぁ。楽しみに待ってておくれ。」
なんて言って作ってくれた猫の毛の毛針。なかなか面白い取り組みなんじゃない?
「お手並み拝見といこうじゃない・・・。」
水面に落ちた羽虫をイメージして漂わせてみているけど、
「う~ん、こうじゃないのかしら・・・?」
なかなか掛かってはくれない。
「もうちょっと、俊敏な感じかな・・・っと。」
ヒュッと音を立てて飛んでゆく毛針。水面から浮きつ沈みつしながら、時折素早い動きを入れてみたりする。こんなことができるのも、軽い竿のおかげ。
「ふふふ、自由自在~。」
だからと言って、釣れるとは限らない。
「ヨーコちゃ~ん、釣れてる~?」
しばらくして、素子さんが様子を見に来た。
「あぁ、素子さん・・・。」
「・・・って、なに?バケツ空っぽじゃないっ。」
「そうなんですよ。今日は全然掛かってくれなくって。」
「あ、あれ?棟梁の・・・幸一の毛針?」
「えぇ。やっぱり、猫の匂いがついてるとダメなんですかねぇ。」
「はははっ、そんなことは無いと思うけど・・・どっちにしてもキリの良いとこで引き上げたら?もう4時過ぎたわよぉ。」
「えぇっ?もうそんな時間?」
ってことは・・・私何時間ここにいるのよ、もうっ。
「うぅあぁ・・・ん~でも、坊主じゃ帰れません。」
「ふふふ・・・まぁ、程々にねぇ。そんな時もあるからぁ。」
そう言って帰っていった素子さん。その大きな背中が、あかね色に染まりつつある。
「う~ん、かくなる上は・・・。」
初陣を坊主で飾るわけにはいかない。おもりを重たいモノに替え、底を狙う。船長に「底には必ず何かいる」と言われたのを思い出した。意地でも釣ってやる。
「う~、私の・・・晩御飯~っ。」
いや、この気合がいけないのか?
日没も迫った頃。
「ん?・・・お、来たか?ん~・・・んっ、よし来たぁ~。」
やっと、初めての感触。
「ん~・・・逃がさないわよぉ~・・・。」
軽く柔らかい竿は大きくしなったが、重さはさほど感じない。
「んん・・・もうちょっとぉ・・・っ。」
新しいリールは動きも軽い。
「ふん・・・っと。はぁっ、やったぁ・・・。」
カレイ。小振りだが、一人で食べる分には充分な大きさだ。
「ふぁ~、やっと釣れたぁ。」
喜びよりも、疲労感の方が今は優勢。
「これで、なんとか・・・。」
なんとかメンツは守れた・・・と言うところかしら。いや、今日は痛み分けね。
「ミャ~お。」
戦利品を手に『ハマ屋』の前まで戻ってくると、その幸一が出迎えた。
「はぁ~い、ただいまぁ。ほら、なんとか一匹あげて来たわよぉ。」
「ミャ~お。」
「はいはいはい、ちゃんとアンタにもおすそ分けするから。」
「ミャ~お。」
一応この一匹は幸一の手柄でもある訳だから、今日くらいは「頭と骨」なんてケチなこと言わずに贅沢させてやろうかな。
「ふふふ、ちょっと待っててねぇ。」
普段なら煮付けにしちゃうんだけど、たまには違う感じにしてみようかしら。
「あ、カレー粉がまだあったわよね。」
カレイを、カレー風味で・・・。
「揚げる・・・?ん~・・・いやっ、焼だな。うん、ムニエル風だ。」
平たい魚を捌くのも、もう慣れたもんだ。五枚におろして頭と骨、ヒレに内蔵に身も少し加えて幸一の元へ出してやる。
「はぁ~い、今日のアンタの取り分よぉ。」
「ミャ~お。」
「こんな贅沢滅多に出来ないんだから、心して食べなさい。」
言い終わらないうちに、フガフガ言いながら食べ始めた幸一。
「ふふふっ、もう。ホントに可愛いヤツなんだから。」
そういえば朝やったっきり何も出してなかったわね。
「そりゃぁ、おなかも減るわけだ・・・うん、じゃぁ私もっ。」
新しい竿とリール、それに幸一の毛針。午後を丸々使って、釣果はカレイ一匹。なんだか寂しい結果になったけど、まぁ初陣にしては悪くなかった・・・と自分を慰めて今回は納得することにする。次はもうちょっと釣れるように、いろいろみんなに教えてもらおう。
「うんうんっ、カレー風味のカレイも美味しいじゃないっ。」
・・・ダジャレ飯。
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