第87話 じれったい二人 さじ加減

「う、う~ん・・・そうなるのね・・・。」

 小振りのアジを丸ごとじっくり揚げて、頭も骨も一緒に食べられるようにしようと思ったんだけど・・・。

「うん・・・身がパッサパサだわ。」

 揚げる温度の問題か、衣の付け方の問題か、骨まで食べられるが身の水分はすっかり飛んで行ってしまった。

「はぁ、そう上手くはいかないもんねぇ・・・。」

 やっぱり骨と身は別々に調理した方が良さそうね。

「あ、でも頭美味しい。」

 なんて言いながらムシャムシャ食べてる姿を、

「ミャ~お。」

 猫の幸一が覗き見ている。

「あ・・・アンタの分、無いわ。」

「・・・。」

 一瞬残念そうな顔を見せて、無言で小屋へ戻っていった。

「ぷっ、現金なヤツ。」

 まぁ、あとでなんか出してやろう。


「なぁ、ヨーコ・・・。」

 今日の源ちゃんは、お猪口を相手にひとり吞み。何を考えこんでいるのか、時折ため息をついてみたり、ジッと一点を見つめてみたり・・・。

「ん?」

「いやぁ・・・アレだ・・・難しいな、いろいろ。」

「あ・・・ふふっ。どうしたのよ、らしくない。」

「あぁ、なんか・・・思うようにいかねぇなぁ、って。」

「ん・・・うん、そうね。」

 普段は能天気に生きてるようにしか見えないけど、ああ見えて内心は案外悩みこんでるもんなのかもしれないわね。なんて思ってるところへ、

「ヨーコさぁん。」

 真輝ちゃんが入ってきた。

「あ・・・っ。」

 で、入ってるなり源ちゃんの姿を認め、固まってしまった。

「・・・真輝ちゃん?」

「あ・・・う、うん・・・。」

 真輝ちゃんは今、源ちゃんへの思いを「それとなく匂わせる作戦」を不器用に実行中。

「ん・・・座れば?」

「あ、うん・・・。」

 と、迷わず源ちゃんの隣に座った。

「お、おいっ、なんで隣に座るんだよ。他みんないてんのにっ。」

「あ、え・・・っと、うん。たまにはお酌でもしようかなぁ・・・って。」

 と、お銚子を持ってアピール。

「は?いいよ、自分で注げるから。」

「え~、そんなこと言わないで、いいじゃんたまには。」

「あ~もう、そうやってくっつくなってぇ。」

 真輝ちゃんは「それとなく匂わせる作戦」を、実行中・・・。

「あ~、じゃぁなに?源ちゃんは私が注いだ酒は飲めないって言うの?」

「そうじゃねぇけどぉ・・・。」

「じゃぁ、はいっ。」

「も~、しょうがねぇなぁ~。」

 仕方なくといった雰囲気でお猪口を差し出す源ちゃん。

「ふふふ。は~い源ちゃん、今日もお疲れ様ぁ。」

「あ、あぁ・・・。」

 真輝ちゃんは「それとなく匂わせる作戦」を・・・いや、誰か真輝ちゃんに「それとなく」のさじ加減を教えてあげてください。

「ふふふ~ん。」

 抑えきれず笑みがこぼれる真輝ちゃん。

「俺、なんか・・・子供ん頃の思い出した。」

「あ~っ、ひど~い。もう私子供じゃないもん。」

「そ、そんなん分かってるよぉ、も~・・・あぁ、それより真輝お前、ヨーコに用があって来たんじゃねぇのか?」

「あ、そうだったそうだった。あのね、道の駅の人が連絡くれて『しおまねき』の出店を今後は月一でどうかって言ってくれて。」

「え、それってってこと?」

「うんっ、そうなのっ。」

 不定期だったのが月一回でも定期になれば、よりお客さんも付きやすくなるってもんだ。

「まぁ、良かったじゃない。」

「うん、でね・・・来月なんだけど、どうも明音さんが都合がつかないみたいで・・・。」

「あらぁ、そうなの?」

「うん、でね。ヨーコさんに・・・ね・・・?」

「ん、なぁに?」

「だから、ヨーコさんに・・・。」

「ん・・・えっ?明音さんの代わりに私が、って?」

「は、はいっ。」

「え~っ?ダメでしょう、私じゃぁ。」

「で、でも私ひとりじゃぁ・・・ヨーコさんがいてくれたら心強いもん。」

「いやいやいや、私じゃダメよぉ。」

「でもぉ・・・。」

 一人じゃ心細いのは分かるけど・・・。

「あぁ、ならウチの美冴連れてきゃぁいいじゃねぇか。」

 お猪口傾けながら源ちゃん。

「あぁっ、それがいいじゃない。ねぇ、美冴ちゃんなら気心知れた仲なんだし。学校休みの日でしょ?」

「あぁ、多分な。」

「なら美冴ちゃんに訊いてみなさいよ、ねぇ。どっちにしても私じゃダメよ・・・私じゃぁ、華が無いもの。」

 って自分で言うのはちょっと寂しいけど・・・。

「美冴ちゃん・・・やってくれるかなぁ・・・。」

「うん、大丈夫よきっと。美冴ちゃんおしゃべり好きだし。」

 女の子が楽しそうに話してたら、それだけでも客の目を引くというもの。

「うん・・・そうね、訊いてみる。」

「なぁ、真輝・・・?」

「ん?」

「お猪口が、カラだ。」

 と、ずっとお銚子を握っている真輝ちゃんにお猪口を突き出す源ちゃん。

「あっ、ごめんっ。え・・・っと、は~い源ちゃん、今日もお疲れ様ぁ。」

「お・・・っと。なぁ、そのセリフ、さっきと一緒だな。」

「えっ、そう?」

「あぁ。ってか、お前、子供ん時もずっとそれだったなぁ。」

「え、えぇ?そうだった?」

「あぁ。毎回毎回『はぁ~い源ちゃん・・・』って。」

「え~・・・そうだったぁ?」

「あぁ。」

 子供の頃のおままごとを、図らずも再現してしまっている二人。

「え・・・私って・・・進歩してないのかなぁ。」

「あぁ・・・かもな。」

「ふふっ。二人とも可愛かったのね、子供の頃。」

「あ・・・んも~、ヨーコのヤツ、バカにしてぇ。」

「んふふ、いいんじゃない?お似合いさんよ。」

「あ、あぁ~っ、ヨーコさんっ。」

「え・・・っ?」

 ひとこと余計だったかしら?

「あ・・・ふふふ、いいんじゃない?」

「あ、も、もうっ・・・。」

「んだよ、一人で楽しみやがって・・・。」

「ふふふ・・・。」


 じれったい二人。あまりに距離が近すぎて、感じ取りにくいことってあるのかな。源ちゃんにお酌してる真輝ちゃんの姿、可愛らしかったなぁ・・・。それにしても、あれだけあからさまでもピンと来ない源ちゃんって、いったいどんだけ鈍感なのよ。

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