第86話 元気の源
「ふぁ・・・ああぁ~・・・ん。」
漁師が気の抜けたあくびをひとつ・・・いや、もういくつ目だろう。数えるのも嫌になるほどだ。
「ヨーコ~・・・。」
「・・・ん?」
「ん・・・なんでもない・・・。」
ここのところの
「も~・・・みんなさぁ、何かすることは無いの?」
「んあぁ?何かって・・・何を?」
「だからさぁ・・・あぁほら、船の整備とか網の補修とか・・・ねぇ、普段はなかなか集中して出来ないものをさぁ。」
「ん~?そんなもん、とっくにやり終わったよ。」
「あ・・・あぁ、そうなのね。」
まぁ、三日も海に出られないんだから、やることは無くなってくるわよね。だからって、何日も朝からこうやってたむろされたんじゃ、こっちの気が滅入るってもんだ。
「じゃぁさぁ、普段やんないような・・・ほら、奥さんの機嫌とるとかさぁ。」
「ウチのかぁちゃんは、俺がいねぇ方が機嫌が良いんだ・・・。」
「あ・・・。」
そういう寂しいこと言うなよ。
「なぁヨーコ~、美味い魚が食いてぇよぉ。」
「あ、あのねぇ、アンタらが釣ってこないとウチには魚は無いんだよ~。」
「そんなこと言わねぇでさぁ。」
「無いものは無いわよ。」
そう、私だって食べたいの我慢してるんだから。
「あぁ・・・退屈はもう飽きたよぉ。」
私もそんなアンタらを見るのは飽きたよ。
「も~、少しはシャンとしたら?」
「あのなぁ、これがシャンと出来る状況か?何日海に出てないと思ってる。」
「そうだけどさぁ・・・でもほら、明日には出られるんでしょ?」
「あ?あぁ、鈴木ちゃんがオッケー出せばな。」
最終的な判断は気象観測担当でもある鈴木ちゃんに委ねられている。みんながそれに従うのは、鈴木ちゃんに対する信頼の証でもある。
「あぁ・・・そうね。」
「ん・・・で、ヨーコさっきから何作ってんだ?」
「ん、これ?お稲荷さん。食べるでしょ?」
「あ、あぁ。でも、今日祭りだっけか?」
「いやぁ、そうじゃないけどさぁ・・・こういう時こそ、美味しいもん食べたいじゃない?」
元気の無い漁師達を見かねたタケさんが「これで何か作ってやって」と、油揚げをいっぱい持ってきてくれた。
「そうだけどさぁ・・・祭りでもねぇのに稲荷食うのは、なんか気が引けるなぁ。」
「ふふっ、いいじゃない。有るものを美味しく食べて楽しく過ごせればさ、少しは気が晴れるってものよ。」
「そうか・・・?」
「えぇ。案外そういうもんよ。あ、誰だっけ?お湯割り、ちょっと待ってねぇ。」
「あ~・・・ゆっくりでイイぞ~。」
こっちも気の抜けた返事。
「ふふふ、ごめんねぇ。」
「あぁ、アレだなぁ・・・こうやって食うと、ヨーコの稲荷も美味いなぁ。」
おそらく、先代のおやっさんのと比べているのだろう。
「ん、ありがと。ホントはねぇ、もうちょっと甘くても良いかなぁと思うんだけどねぇ。」
「いやいや、これくらいが良いよぉ。あんまり甘いと、くどくなるからさぁ。」
「あぁ・・・うん、分かった、覚えとく。」
気を付けないと、つい甘くし過ぎてしまうのでね。
そこへ、
「あぁ、やっぱり皆さんコチラでしたね。」
鈴木ちゃんが入ってきた。
「おぉ、鈴木ちゃんも呑むか?」
「あぁいやぁ、そうもしていられなくて・・・明日の天気を・・・。」
「おぉっ、出せるかっ?」
「えぇ、この感じだと大丈夫そうです。」
「おぉ~っ、そうかぁ~、待ってたんだよぉ~。」
急に眼の色が変わりだす漁師達。
「あ、はい。お待たせしました。」
「よ~しっ、そうとなったらこうしちゃいらんねぇ。みんな、準備だっ。明日の準備だっ。よしっ、今日は早く寝るぞぉ。ヨーコ、ここ置くからなぁ。」
そう口々に漁師たちは、慌ただしく元気よく出て行った。まるで少年のように目を輝かせて。
「あの・・・ヨーコさん?」
「ん?ふふふ・・・ねぇ、お稲荷さん食べる?」
「あ・・・はい、いただきます。」
「明音さんにも持っていってね。いっぱい作っちゃったから。」
「あ、はい。喜びます。」
日の出前。漁師達の船が港を出てゆく。今日は心なしかエンジン音も嬉しそうだ。
「うん、良かった良かった。」
昨日までのやる気の無さが嘘のように、港全体に活気が
「よ~し、私も準備しなきゃ。」
これでお昼には美味しい魚にありつける・・・って、結局色気より食い気なのよね。
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