第85話 息子のがんも

「ヨーコちゃん、ちょっといい?」

 昼前の仕込みをしていると、フミさんがやって来た。

「えぇ、いいですけど・・・?」

「コレなんだけどさぁ・・・。」

「ん・・・がんも?」

「コレさぁ、息子が作ったのよ。」

「タケ坊が?」

「そうそう。あの子ったらアンタ『ウチのがんもはもっと美味くなるはずだ』って、いろいろ研究しだしちゃって。」

 研究熱心で少々凝り性な所のあるタケ坊。

「でさぁ、『ヨーコお姉さんにも味をみてもらいたい』なんて言うから持ってきたんだけどさぁ。」

 私のことを「お姉さん」を付けて呼ぶのは、タケ坊くらいなもんだ。

「へぇ、タケ坊がねぇ。」

「ねぇ。そんなら自分で持っていけばいいのにアンタ、な~んか照れちゃってあの子。」

「ふふふっ。じゃぁ、ありがたく見させてもらおうかねぇ。」

 父親であるタケさんが作ったものとは、外見からして違いがある。タケさんのものより球状に近く、人参などの野菜もひとつひとつが大きい。

「へぇ~・・・。」

 持ち上げただけで分かる、ふっくらと柔らかい感触。ひとつちぎって食べてみる。

「はむ・・・うん・・・うんうん・・・。」

 大豆の風味、野菜の甘み、ふっくら柔らかい食感に、表面の香ばしさ。

「うん・・・美味しい・・・。」

「あ・・・っ、そう?やっぱりそう?」

「えぇ、美味しいです。」

「はぁ~、よかったぁ~。ヨーコちゃんにそう言ってもらえたらアンタ、あの子喜んじゃうわよ。」

「ふふふ。ねぇ、フミさん・・・?」

「ん?」

「タケ坊って・・・まだ、高校生よね?」

「あ・・・はははっ、そうなのっ、我が子ながらビックリよねぇ。未来有望と言うか、先が思いやられると言うか。ははは。」

「えぇ、末恐ろしいと言うか・・・。」

「ふははっ、そうねっ。だからさ、ヨーコちゃん。これからもウチのをよろしくねぇ。」

「ふふふ、はい。末永くお世話になります。」

「はぁ~、これでウチも当面は安泰だぁ、はははっ。」

「ふふっ。えぇ。」


「へぇ、コレをあのタケ坊がねぇ。」

 夕暮れ時、あんかけにしたものを棟梁に出した。

「えぇ、なかなか立派ながんもですよねぇ。」

「あぁ、風味も良いし食感も良い。日頃の研究の賜物ってヤツかな。」

「えぇ、タケさんもうかうかしてらんないわよね。」

「ん?いやいや、案外・・・そう簡単にはいかないもんだよ。」

「え?でも、こんなに美味しいの作れるのよ?」

「あぁ、今回はね。」

「今回は?」

「あぁ。コレを毎回作れるんならタケさんも考えちゃうだろうけど、取り敢えず『今回は』だろ?」

「え、えぇ、そうね・・・。」

「それに、コレを作るのにいくらかかるのかとか、それをいくらで売るのかとか、その値段で本当に売れるのかとか、気にしなきゃいけない事は他にもあるしさ。何より『毎日食べても飽きないもの』に勝るものは無いじゃない?」

 確かにタケさんのがんもは・・・。

「あぁ・・・そうねぇ。」

「高級路線ってのも無くは無いけど・・・ふふ、まぁでも、あのタケ坊がコレを作ったかと思うと、感慨深いものがあるねぇ。」

「え?」

「いやぁほらぁ、その辺をヨチヨチ歩いてる頃から見てるからさぁ。あのタケ坊がねぇ・・・ってさ。」

「ふ~ん・・・。ねぇ、タケ坊ってどんな子だったの?」

「ん、ちっちゃい頃?そうねぇ・・・あ~、あんまり泣かない静かな子だったねぇ。気が付くと一点をジ~っと見つめて・・・うん・・・って頷いてみたりさ。可笑おかしいよねぇ、した子がそんな顔すんだからさぁ、ははは。」

「ふふふ、なに・・・それじゃ今と変わんないじゃない。」

「ははっ、そうだねぇ。そのまんま大きくなった感じだねぇ。とにかく、手のかからない子だったよ。」

「へ~、男の子って手がかかるって言うけどねぇ。」

「あ~、そうそう。いつだったか、フミちゃんが『男の子って育てるの楽なのねぇ』なんて言ってたら、素子ちゃんに『タケ坊は特別っ』って言われてたっけ。」

「はははっ、それは・・・ふふ、そうでしょうっ。」

 源ちゃんとタケ坊。両極端な二人。

 棟梁のお銚子が、下を向く。

「もう一本?」

「あぁ、ぬる燗でお願い。」

「はぁ~い。」

「まぁ、それにしてもさぁ・・・タケ坊がコレを作れるんだから、竹内豆腐店も未来は明るいねぇ。」

「えぇ、そうですね。ふふ、さっきもフミさんに言われちゃいましたよ『これからもウチのをよろしくね』って。」

「ははっ、フミちゃんも気が早いというか・・・ん、あ?それはアレかい?縁談ってことかい?」

「縁談・・・?」

「うん。ヨーコちゃんとタケ坊の・・・。」

「は・・・え、えぇっ?うそっ、そういう意味だったの?えっ?違うわよねぇ?」

「ふふ、あながち無いとは・・・。」

「いやぁ無いっ。無い無い、無いわよ。私とタケ坊よ?いくつ違うと思ってんのっ。」

「はっはっはっ、冗談冗談っ。」

「も~、棟梁~っ?ん~。これ以上変なこと言うと、アルコール飛ぶまで熱々にするわよっ。」

「あ~、ごめんごめんっ。ははっ。」

「もう、子供なんだから。」

 でも、もしそうなったら・・・もしタケ坊と、そういう仲になったら・・・真輝ちゃんがお姉ちゃんになって・・・そうなると、源ちゃんが・・・お兄ちゃん?。

「あ~っ、絶対無いっ。」

「ヨーコちゃん?」

 不覚にも、想像しちゃったじゃない。

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