第84話 タマニアタル

 朝の仕入れ。と言えば格好は良いが、ほぼ「お散歩」の様相を呈している。

「ヨーコちゃん、おはよ~。ほいっ、今日の分ねぇ。」

 仲買さんや漁師のみんなが「ハマ屋用に」と、競りにかけるのとは別にしておいてくれる。

「いやぁ、いつもありがとね~。」

 親切心もあるのだろうが、自分が食べたいものを「確保しておきたい」という気持ちもあるようで、時には「コレ、煮付けでお願い。」と予約をしてくる漁師もいる。

「ところでさぁ・・・。」

「ん?」

「ヨーコちゃんって、フグさばける?」

「フグ?」

「うん、フグ。」

「いやぁ、さすがにフグは・・・。」

「そうかぁ、さすがのヨーコちゃんもフグは捌けないか~。」

「うん、免許無いもの・・・。」

 いや、免許があってもあんな危なっかしいものは扱いたくない。

「ん・・・?フグ、揚がるの?」

「あぁ、時々ねぇ。数は多くないけど・・・まぁ、すぐに大きい市場に持ってっちゃうから、ここには並ばないけどさ。」

「へぇ、そうなのねぇ。」

「あぁ、結構良い値段付いてるらしいよ。」

「あらぁ、儲かってるじゃない。」

「いやいや、もっと数があればそうなんだろうけど・・・ねぇ。」

 いろいろと掛かる経費を考えると・・・か。

「まぁ、そうね。」

「あぁ、だからさぁ、せめて地元で消費出来たら・・・って思ったんだけどさぁ。」

「あ、ははっ、それは残念でした。」


「あ~、そこまでヨーコに求めるのは筋違いってもんだろ~。」

 とは、源ちゃんの弁。

「そもそも、そういうのは仲買とか魚屋がやるもんだろ?ちゃんと処理して身欠きにしたのを持って来るのがさぁ、アイツらの仕事なんじゃないの?」

 珍しくまともな事を言っている・・・ように聞こえる。

「ふふっ。まぁ、そうなんだけどねぇ。」

「だろう?アイツら最近、ヨーコに頼り過ぎなんじゃないのか?」

 源ちゃんの口調が、だんだん強くなる。

「まぁまぁ、そうやって・・・ん?喧嘩でもしてんの?」

「あっ?いやぁ、そうじゃねぇけどさぁ・・・。」

「ふふっ、ならいいけど・・・。いやぁ私もねぇ、もうひとつくらい技術を身につけても良いかなぁなんて思ってたんでねぇ・・・。」

「いやいや、ヨーコがそこまでする事ねぇって。」

「ん、そう?」

「あぁ・・・。」

「ふ~ん・・・分かった。じゃぁ、これからも美味しいものを作ることに専念するわよ。」

「あ、あぁ。」

 納得いったような納得いかないような、複雑な表情でお湯割りをすする。

「何かつまむ?」

「あ・・・じゃ、揚げ出し。」

「ん、ふふっ。はいよ。」

 軽く水切りをしておいた絹ごし豆腐に、片栗粉をまぶして揚げていく。衣がカリッとキツネ色になったら良い頃合いだ。小鉢に入れたら、おろし生姜をのせて出す。醤油をかけて食べるのが定番だが、塩で行く猛者もいる。

「はぁ~い、お待たせ~。」

「おぉ、サンキュ。」

 源ちゃんは醤油派。

「かけすぎよ、醤油。」

「あ?良いだろ、好きに食べても。」

「良いけど、塩分の摂り過ぎは良くなわよ。」

「いいだろ~、外であんだけ汗かいてんだから。」

「あ、あぁ・・・確かに。」

 漁師は力仕事。当然相応の汗はかく。塩分補給は大事。

「でも、程々にするのよ。せっかく美味しい豆腐なんだから。」

「あ、あぁ。」

 と言うが早いか、無造作に口に放り込む。

「あ・・・っつ、はふっ。」

「ふふふっ。もう、そうやって乱暴な食べ方するからよぉ。」

「あ、っふ・・・ふぁ。」

 少しは味わって食え。


 フグ。あんな毒のある食べ物を、よく先人たちは食べる気になったわよね。どこが食べられる部位で、どこに毒があるのか。それも種類によって毒のある個所が違ったりする訳だから、いったいどれだけの人が「餌食」になったことか。そこまでして食べる価値がある魚には、私にはなかなか思えないんだけど・・・そりゃ、あの食感とか良い出汁が出るとかはあるけど、良い出汁が出る魚なんて他にいくらでもある訳で・・・ねぇ。

「う~ん・・・こんなに種類があったら、覚えきれないわよ。」

 鈴木ちゃんに借りた魚の図鑑を見ながら、そんなことを考えている。

「え?『鉄砲』って『弾に当たるから』なの・・・?」

 諸説あります。

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