第82話 頭を使う
カラコロコロ・・・と外から小気味よい音が聞こえてきた。
「ん・・・ふふ、先生ね。」
編集さんから頂いた下駄を、あれから毎日履いている先生。すっかりその履き心地にも慣れた様子。
「こんにちは・・・。」
と、元気無く入って来るのは、いつものこと。別に、体調が
「いらっしゃい。いつもの?」
「えぇ、お願いします。」
先生はいつも決まってアジフライ定食。そして、いつもの席に腰を下ろす。
「先生、だいぶ慣れてきたんじゃないんですか?」
「え?」
「下駄。」
「あ・・・えぇ。おかげさまで、だいぶ馴染んできました。」
最初は「指の間が痛い」とかなんとか文句も言っていたけど、結局こうやって毎日履いているのだから先生も素直じゃない。
「ふふ、なかなか良い音立ててましたよ。」
「あら、そうでした?」
「えぇ。前はもっと・・・ふふっ、ぎこちない音でしたからねぇ。」
「あぁ・・・えぇ、良く
「ふふふ、よくしゃっくりしてた。」
「はははっ、しゃっくりか。確かにそうですね。」
その足に馴染んできた相棒を、嬉しそうにフラフラとさせている。
「あ、そうだ先生。今日はオマケがありますからね。」
「オマケ?」
「ふふっ、あとでのお楽しみ~。」
「あら、なんでしょう。」
「ふふ~ん。」
「はぁ~い、お待たせ~。」
いつものアジフライ定食。先生はタルタルよりソース派。
「オマケはまたあとでねぇ。」
「まぁ、焦らしますねぇ。」
「ふふふ、まぁゆっくり食べててください。」
オマケの主役は、アジの頭。キレイに二つの割った頭に軽く塩を振って、薄く小麦粉をまぶす。それを油の中に入れ、じっくりと揚げていく。15分くらいかな。中までカリッとするくらい、じっくり時間をかける。
「うん、よし・・・と。」
ジュワぁ~という揚げる音が食欲を刺激する・・・と言う人の気持ちも分かるが、これを毎日聞いていると食欲よりも「あ~、換気扇掃除するの大変なのになぁ・・・」なんて気持ちの方が刺激されてしまう。はぁ、色気もなんもあったもんじゃないわ。
「うん・・・そろそろいいかしら?」
持ち上げた時の軽さが、しっかりと揚がったサイン。
「よしっ。先生、お待たせ~。」
「あら、なんでしょう?」
「ふふ~ん、アジの頭の揚げたの。」
「はぁ、なるほど・・・。」
「中まで揚がってるから、そのままガブっといけますよ。」
「ほぉ~、ではでは・・・。」
かぶりつく。ザクっと良い音。
「ん・・・んふふ・・・ぅん。はぁ、なんだか懐かしい味ですねぇ。」
「あら?先生、こういうの食べたことあったの?」
「あ、いやぁ、頭は初めてですけど・・・子供の頃は、よく母が骨をこうやって揚げたのを出してくれてましたからねぇ。」
「あ~、そうだったかぁ。」
「ふふ、でも頭の方が断然美味しいですね。」
「ねっ、頭美味しいですよね。」
「えぇ。」
「これ、こないだ素子さんが『子供の頃はこれがイイおやつだったのよ』って教えてくれて、それでやってみたんだけど、ちょっと軽い衝撃ですよね。」
「衝撃?」
「えぇ、だって『あぁ・・・頭、美味しい・・・っ』って。こんなのを、今まで処分してたんですもの。」
「えぇ、まぁ・・・ね。」
「そりゃぁ、揚げるのに時間かかるから手軽とは言いにくいけど、今までもったいない事してたなぁ・・・って。」
「え・・・じゃぁ、今後はメニューに・・・?」
「ん・・・ふふふ、そう思うくらい美味しいわよねぇ。」
「えぇ。」
「ねぇ。じゃぁ、時間のある時限定でやってみようかな。」
「えぇ。あ・・・いくつかバリエーションがあっても良いかも。」
「バリエーション?」
「えぇ。例えば『粗びき黒コショウ』とか『青のり』とか・・・あぁ『あのおじさんのフライドチキン風』とか・・・?」
「ん?『あのおじさん』の?」
「ふふ、例えばですよ。」
「んふふっ。でも・・・そうね、バリエーションがあると良いわね。単純にマヨとかケチャップとかも合いそうだし。」
「あ~、それも良さそうですね。」
「あとはそうねぇ・・・南蛮漬けなんかも・・・。」
「ミャ~お・・・。」
そんな話に首を突っ込んできたのは、猫の幸一。入口の方から、こっちを覗きこんでいる。
「ん?ふふふ、なぁに?こっちにもよこせって?」
「ミャ~お。」
普段こういう頭や骨は幸一のエサになっている。もちろん食べ切れる分しかやらないので、大半は処分されてしまってもいる。
「も~、そんな顔しなくてもアンタの分もちゃんとあるわよぉ。」
「ミャ~お。」
「うん、あとでねぇ。」
「・・・ミャ~お。」
「んふふふ・・・。」
ブチ猫の幸一には、妙に人間臭いところがある。
夕方の混雑前に、多めに揚げておいた。こういうのは、多少冷めても美味しいもんだ。
「いやぁ、ウチもよく母ちゃんがこんなの作ってくれてたなぁ・・・。」
どうやら、港町で暮らすみんなの「思い出の味」だったらしい。
「頭良くなるから食え・・・って。」
「へ~・・・で、どうだったの?」
「え、それは・・・まぁ、見ての通りだ。はっはっはっ。」
「ふふふっ。ねぇ、骨もあるけど?」
「あ、もらうもらうっ。」
その漁師曰く、骨にはマヨが合うらしい。
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