第81話 恋文

「ん・・・ん?」

 神棚の掃除をしていると、神社のおふだの後ろに封筒があるのに気が付いた。

「手紙・・・なんで今まで気づかなかったのかしら。」


『愛するヨーコへ』


「え、私宛?・・・な訳、無いわよ、ね。」

 後ろめたさを感じながらも、恐る恐る中を見てみる。すると、そこには確かに手紙が入っていた。


愛するヨーコへ

君のいない誕生日をお祝いするのは、もう何度目だろう。


「これ・・・おやっさんからヨーコさんへの・・・。」


港のみんなと話していると、君の面影を感じる事がある。みんなの中に君がいて、そんなみんなが僕を慕ってくれる。こんな幸せなことは無い。

あと何度こうして君の誕生日をお祝いできるかは分からないけど、それまで見守っていて欲しいな。君の笑顔にまた出会えるのが楽しみだ。


「ラブレター・・・。」

 おやっさんの、先立った妻への思い。短いけど、愛情の籠った良い手紙だ。

「見ちゃ、いけなかった、かな・・・?」

 きっと毎年、こうしてヨーコさんの誕生日をひっそりお祝いしていたのだろう。見てしまった以上、私も何か書かなきゃいけないかなぁ。



「へ~、なんか・・・おやっさんらしいねぇ。」

 素子さんにその話をすると「私もその手紙見たい」という事になり、いま読んでもらったところだ。

「やっぱり・・・見たら、まずかったですかねぇ?」

「いやぁ・・・ふふ、ヨーコちゃんなら良いんじゃない?」

「そうでしょうか?」

「おやっさんだって、誰かには読んでもらいたかったんだろうし・・・ねぇ。」

「・・・えぇ。」

 手紙を丁寧に折りたたみ、封筒へ入れる。あとで神棚に戻しておこう。

「ねぇ、素子さん?」

「ん?」

「ヨーコさんって、どんな方だったんです?」

「う~ん・・・やっぱり、気になる?」

「えぇ。それは、はい・・・。」

「ふふ、ヨーコさんはねぇ・・・もう、みんなの憧れの人だった。私はもちろん、港のみんな、男も女も無く、みんなヨーコさんが好きだったなぁ。」

「はぁ、そうなんですねぇ。」

 そんなにみんなに愛されていたヨーコさんの面影を、今もみんなが求めているなら、私なんかじゃきっと役者不足なのよね。

「だからさぁ。ヨーコさんがおやっさん連れて戻ってきて『ハマ屋』始めた時もさぁ、結構大変だったらしいよ。『戻ってきてくれた~』って喜ぶ人と『結婚しちゃったぁ』って落ち込んでる人と・・・ふふっ、私はまだ子供だったから、そういうところはよく分からなかったけど、港の雰囲気が明るくなったってのはあったわねぇ。」

「ヨーコさんは元々こっちの・・・?」

「あ、うん、そうそう。生まれも育ちもこっちで、都会に出て旅館の・・・ん?料亭だったって言ってたかな?で、仲居さんをやってて、そこでおやっさんと知り合って・・・で、一緒になるときに自分の店を持ちたいっていうんで『じゃぁ私の田舎に・・・』って事になってねぇ。で、この『ハマ屋』が出来たんだって。」

「へぇ~・・・。」

 じゃぁ『ハマ屋』は文字通りお二人の『愛の巣』だった訳だ・・・なおさら私じゃ・・・。

「でねでね。すぐにここは漁師達のたまり場になった訳だけど、もうさぁ、ヨーコさんの漁師達のあしらい方がさぁ・・・まぁ、港町で育ったわけだから、当然っちゃぁ当然だけど、漁師達のを突いてくるわけよぉ。おだてたり、すかしたり、時には叱り飛ばしたりしてさぁ。」

「叱り飛ばす・・・?」

「そうそう、結構派手にね。まぁ、漁に関することには口は出さなかったけど、人としてやっちゃいけない事があるよって時は、ビシッと言ってたわねぇ。」

「はぁ・・・。」

「だからさぁ・・・まぁ、みんなちっちゃい頃からの顔見知りってのもあるけど『姉御』って言うか・・・ふふっ、もう『みんなのお母さん』って感じよねぇ。」

 やっぱり私では役者不足なのでは・・・。

「それとねぇ・・・なんて言うか・・・うん。すごく、大きな人だった。」

 大きな・・・。

「・・・身長?」

「う、うん、そうそう。私より10センチは・・・って、そうじゃなくって。はははっ。人としてね、人間の大きさっていうのかな?」

「ふふふ、ですよね。」

「良く言ってたのがさぁ『流れ着いた人を手厚くもてなしてやるのが、ハマに暮らす者の務めだ』って。ほらぁ、こういう港ってさぁ、いろんな人が来るじゃない?」

「え、えぇ。」

「ねぇ。ヨーコちゃんみたいに求人見てくる人もいるけど・・・中には、人生に迷い込んでる人もいるし、都会に疲れて逃げてきちゃった人もいるし・・・そういう人が来た時にさ、受け入れて、もてなして、元気を取り戻してもらう・・・っていうのをさ、よく私たちに話してくれたから。ほらぁ、漁師ってのは一旦海に出たら命がけじゃない?時には、よその港の船が命からがらやって来ることがあるわけでさぁ。そん時にはハマの者がもてなしてやるって風習が、昔からあったんだろうしさ。」

 それで港の人達は、私の事もすんなり受け入れてくれたのかな。

「でさでさぁ。ねぇ、ヨーコちゃんて昔なんかやってた?」

「え、えっ?昔・・・?」

「だから、ここ来る前さぁ。」

「え、いや・・・普通に、会社勤めでしたけど・・・?」

「いやぁ、なんかさぁ・・・ヨーコちゃんの漁師達の扱い方がさぁ、妙にというか、堂に入ってるというか・・・ねぇ、なんかやってたでしょ?」

「いやいや、別に・・・あ、いやぁそうか・・・私、父子家庭だったんで、それでおじさま方の扱いは慣れてるのかも・・・。」

「あっ、そっか、それだぁ。いやぁねぇ、最初ヨーコちゃんが来た時『こんな若い子で大丈夫かしら』なんて思ったんだけど・・・棟梁と良い調子でやり取りしてるの見て『あぁ、この子なら大丈夫そうだ・・・』なんて思ってさぁ。ちょっとヨーコさんを思い出したりもしたもんだから・・・。」

「ヨーコさんを?」

 ついこないだ棟梁に「おやっさんみたいだ」なんて言われた気がするけど・・・。

「うん、ちょっとね。おやっさんは、どっちかっつうと無口な方だったからね。」

「へ、へぇ・・・。」

 とても、複雑な気分よ。

「だからさぁ。ヨーコちゃんが来てから、港に明るさが戻ってきたなぁって言うか・・・あ、いや、おやっさんが暗かったって意味じゃないけど・・・ヨーコさんがいた頃の明るさがさぁ。」

「私が・・・?」

「そうよぉ。漁師の若いもんが色めき立ってる感じとかさぁ。」

「え?私は別にそんなつもりは・・・。」

「いやぁ、いいのいいの。漁師なんてのはいつも勝手なこと言ってんだから。私だって何度『大きくなったら嫁にもらってやる』なんて言われたことか。はははっ。」

「ふふふっ。」

 漁師の性質って昔から変わらないのね。いや、男の性質かな?

「私ねぇ、つくづくヨーコちゃんが来てくれて良かったと思うのよぉ。」

「へ?」

「だってさぁ。こうやって無駄話に付き合ってくれる人って、絶対必要じゃない?」

「え・・・ま、まぁ、私だっておしゃべりは、嫌いじゃないですからぁ。ふふふっ。」

「ふふっ。まぁ、あとは・・・ヨーコちゃんにこういう恋文を書いてくれる人が現れると良いんだけどねぇ。」

「あっ、うぅ~・・・痛いとこを突かれたぁ~・・・。」

「はははっ。まぁ、いずれはねぇ。」

「はい・・・今世紀中には、なんとか・・・。」

「今世紀中っ?ははは、気の長いことっ。」

「うぅ~・・・。」

 人生って、難しいことだらけ。


「ん・・・っと。うん、これで良しっと。」

 お札の裏に封筒を納め、しっかりと手を合わせる。

「え~と、先ほどはつい覗いてしまってすいませんでした。でも、おかげで、ヨーコさんのことを少し知ることができました。え~、これからも私『ハマ屋』を守っていきますので、どうか上から見守っていてください。」

 やっぱり私も、何か手紙を添えなきゃかなぁ。

「う~ん・・・・ま、いいかっ。さて、そろそろ夕方のラッシュだぞっと。」


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