第80話 モツの煮込みにしておくれ

「う~ん、さすがに・・・がすごいわねぇ。」

 ある漁師から出た「モツ煮込みが食べたい」とリクエストに対して、「そんならモツはそっちで準備して」と返したところ、大量の魚の内臓と格闘することになってしまった。湯通しするだけでも大変だ。

「そもそもこんな大量に、どっから持ってきたのよ。」

 大鍋いっぱいにあったモツも、湯通しすると半分くらいの量にはなる。

「今度やるときは『湯通ししてから持っといで』って言ってやろう。」

 匂いもそれなりに・・・なかなか、だ。それを切り分けたら、改めて鍋に戻す。やっぱり結構な量だ。

「ふぅ、あとは・・・人参にネギに、ごぼうと・・・あぁ、お豆腐ね。」

 木綿豆腐は表面をしっかり焼いて、煮崩れないようにしておく。

「よし、じゃぁ味付けは・・・うん、味噌ベースで良いかな。」

 ご飯が進む味にしておかないと、文句言われちゃうんだもんなぁ。


「あ~っ、やっぱりヨーコは何作っても美味いなぁ。」

 一日の終わりに、モツ煮込みが染みるらしい。気に入っていただけたのなら、なにより。

「こんなん毎日食えたら幸せだよなぁ・・・。」

「あ・・・だ、だから『毎日はヤ~よ』って、さっきも言ったでしょ?」

「そんなこと言わねぇで作ってくれよ~。」

「あのねぇ、こっちの身にもなってよぉ。湯通しするだけでも一苦労なんだからぁ。」

「そりゃ・・・まぁ、分からんでもないけど・・・?」

「でしょ?そもそもさぁ。魚の内臓なんて毎日こんな大量に出るの?」

「あ?あぁ、このくらいの量なら・・・まぁ、毎日でも出るかなぁ?」

「え・・・出るの?」

「あぁ、港中から集めれば・・・うん、このくらいの量にはなる。」

「え~っ、そうなの?」

「あぁ。多い時はもっとある。」

「え・・・じゃ、じゃぁそれ、どうしてるの?」

「どう、って・・・まぁ、バイバイしちゃうよねぇ。使い道ないもん。」

 廃棄。

「え・・・それって、もったいなくない?」

「だ~か~ら~・・・なっ。」

「あ・・・。」

 しまった。墓穴を掘った。

「・・・も、もうっ、しょうがないわねぇっ。」

「お、やったぁ。」

「その代わりっ。しっかり湯通しした状態で持ってきてちょうだいっ。」

「え~、そのくらいヨーコやれよ~。」

「あのね~っ。毎日そっからやってたら、私一日が36時間でも足んなくなるわよっ。」

「あぁっ、わ、分かったよぉ。キレイにして湯通ししてから持ってくればいいんだな?」

「えぇ。そしたら・・・もうしょうがないから、毎日でも作るわよ。あるものを美味しく食べるのが・・・私たちの務めなんだから・・・。」

「あ、あぁ・・・そうだな。」

 そう、美味しく食べることが・・・ね。


「はっはっはっ、そういうことだったんかいっ。」

 仕事帰りの棟梁。モツ煮込みを堪能中。

「も~、笑い事じゃないわよ~。まぁねぇ、安請け合いした私も私なんだけどさぁ。あんな大量にやって来るなんて思わないじゃない?」

「はははっ。まぁそう言いなさんなって。おかげで美味しいもんがひとつ増えたんだからぁ。」

「まぁ・・・そうなんだけどねぇ。なんか私、ハメられた気分だわ。」

「ふふふっ、イイじゃないイイじゃない・・・ふふ・・・ふふふっ・・・。」

 ニヤニヤがおさまらない棟梁。

「ん・・・?なによ、もう。」

「ふふ、いやぁねぇ。だんだん、ヨーコちゃんがおやっさんに似てきたんじゃないかなぁって、思ってさ。」

「え、えぇ?私が?」

「うん。ふふふ・・・。」

「え・・・え?私って・・・そんなに、オジサンくさい?」

「あ、ははっ、いやぁ、そういう意味じゃなくってさぁ。」

「んん?」

「ははっ、なんて言うか・・・存在感とかさぁ、みんなに対する対応のし方とかさぁ、みんなからの扱いとかさぁ・・・ねぇ。」

「い、いやっ『ねぇ』って言われても私分かんないけど・・・?」

「ははは、いやいや、おやっさんもねぇ。よくみんなから『あれ作って』『これ作って』って言われて、なんだかんだ言いながら作ってたからさぁ。ほらぁ『ねこまんま』も最初はそうだったらしいよ。なんかバッてやってガって食えるやつ出して・・・って具合にさぁ。」

「へ~・・・そうなのねぇ。」

 まぁ、あんな漁師たちを相手にしてたら、大体はこんな対応になるわよね。

「それにさぁ。なんか・・・こうしてる、ヨーコちゃんのたたずまいがさぁ・・・おやっさんを、思い出すんだよねぇ。」

「ん・・・佇まい?」

「うん。なんかさぁ、こっから見た景色と言うか、空気感って言うか・・・ねぇ。」

「いや、だから『ねぇ』って言われても、私分かんないけど。」

 分かんないけど、なんだか照れるじゃない。

「たっだいま~。」

 そこへ美冴ちゃんが帰ってきた。

「よぉ、おかえり~。」

「おかえりなさい。美冴ちゃんも食べる?」

「うんっ、食べる~・・・て、何を?」

「ははっ。あのねぇ、魚のモツの煮込み。」

「あ~っ、なに~そんなの作ったの?食べる食べるっ。」

「ふふふ、じゃぁ手ぇ洗っといで。」

「うんっ。」


 毎日が淡々と過ぎてゆく。いや、淡々と過ぎてゆくように見えて、小さな変化を日々繰り返している。変わらないものと変わりゆくものが、良いバランスを保っていれば、きっとその場所は居心地が良い。


「えっ?これ毎日食べられるの?」

「なんだかねぇ、成り行きでそうなっちゃったのよぉ。」

「やったぁ~。」

「まぁ、材料がない時は出来ないけどさぁ。」

「はぁ~・・・私は、なんて贅沢な暮らしをしているんだろう・・・。」

 そうなのよね。美味しいものが毎日食べられるって、贅沢なのよね。

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