第79話 太陽の彼女

「ん~・・・そろそろ、かな?」

 今日は真輝ちゃんと明音さんの洋菓子店「しおまねき」の、道の駅への二度目の仮出店日。前回の反省点を踏まえつつ、より良いお店に出来るように二人とも必死で準備していた。まぁ、今回もお菓子を焼くのを手伝ったりしたんだけど・・・。

 そろそろ帰ってきてもおかしくない時間なんだけどなぁ。

「ん~、渋滞にでもハマったのかしら・・・。」


 しっかり日が沈んだころ、二人は戻ってきた。

「ただいま戻りましたぁ。」

「おかえり~、ずいぶん遅かったのねぇ・・・ん、そちらは?」

 と、客人が一人。

「あぁ、こちらはですねぇ・・・。」

 その方は三浦野菜の農家さんで、同じように道の駅に自慢の野菜たちを置いてもらっている。二人の可愛らしさ(?)に思わず声をかけてしまったのだそう。年の頃は明音さんと同じくらいだろうか。青空が似合いそうな、はつらつとした女性だ。

「・・・で、ですね。ヨーコさんの話をしたら『ぜひお会いしたい』という話になりまして。」

「ははっ。だって『料理上手の美人女将がいる』なんて聞いたら、これは会わずにはいられないじゃないっ。」

 随分と話にがついてるような気がするけど・・・もう、しょうがない子達。

「で、これ・・・ウチで作ってる野菜なんですけど。」

「・・・カブ?」

「ははは、ごめんなさいねぇ。ホントはもっといろいろ作ってるんだけど、みんな売れちゃってカブだけになっちゃって・・・。」

 育ちの良さを感じる背筋のシャキッと通った色ツヤの良いカブ。葉っぱまで美味しそう。

「で、良かったらなんですが、ウチの野菜を使ってもらえないかなぁ・・・という、まぁ都合の良い話なんですが・・・ははっ。」

 建前より本音を愛する人らしい。

「うん、いいカブねぇ。食べてみてイイ?」

「もちろんっ。その為に持ってきたんだからぁ。」

「ふふふっ。」

 この笑顔。まるで太陽のようだ。

「あっ、ちなみに私のおすすめはステーキです。」

「ステーキ?カブの?」

「はいっ。輪切りにしてオリーブオイルでじっくり焼くと、これが美味しいんですよっ。」

「オリーブ、オイル・・・。」

 そんなオシャレなモノ、無いわよ。

「・・・ゴマ油でも、良いかしら?」

「あ、えぇ。ゴマ油でもイケますよ。で、最後に塩コショウちょっとするだけで、もう最高ですからっ。」

「うん、塩コショウね。ふふっ、よしっ。」

 包丁を入れる。その瑞々しく密度の高さを感じる感触は、新鮮さの証だ。こんなに元気の良いのを焼いてしまうのはもったいない気がして、思わず一切れかじってしまう。

「ん・・・うんっ、美味しいコレ。へ~、結構甘いわねぇ。」

「へへっ、でしょう?ウチの子なかなかやるでしょう?」

「あ、もう、ヨーコさんったら手が速い・・・。」

「私にも・・・。」

「あ・・・うふふふ。」

 真輝ちゃんと明音さんにも一切れずつ。

「あらぁ、本当ですねぇ・・・。」

「甘~い・・・生なのに。」

「でしょ?でしょ?」

 照れることも謙遜することもなく、自慢の野菜に胸を張る。そういえば、名前を聞きそびれてるな。

「で、じっくり焼くのね。」

「はいっ。じっくり、です。」

 フライパンの上でジュ~っと良い音。

「これ・・・葉っぱも絶対美味しいわよねぇ。」

「そうなんですっ。炒めても良いし軽く漬けても良いし、こないだなんか『おやき』にしたら美味しかったぁ。」

「あ~、おやきねぇ。良いわねぇ・・・濃いめに味付けしてね。」

「そうですそうですっ。あれ美味しかったぁ。」

「ふふふっ。」

 本当に美味しそうな顔をして・・・ふふ。

「じゃぁ、どうしましょうかねぇ・・・すぐできそうなヤツで・・・あ、このままお味噌汁に入れちゃおうかしら。」

「あっ、それも美味しいですよっ。」

「ふふっ。じゃ、決まりっ。」

 ざく切りにして、そのまま味噌汁に入れる。あまり火を通しすぎない方が良いのだろう。

「で?我らが『しおまねき』の方はどうだったの?」

「あ、はい。前回よりはですねぇ・・・あ、前回のを覚えてくれた方がいて、それもあってマドレーヌは早々に売れてしまって、クッキーの方も良く売れたんですが・・・パウンドケーキの方は、まぁ切り身の方は売れたんですが、一本の方は・・・う~ん、なかなか。」

「え、切り身?」

 彼女の不思議そうな顔。クリっとした目元がチャーミング。

「あぁ、前回ね。大きいままのだけを持って行ったら、派手に売れ残ってねぇ。」

「あ~、もうヨーコさん。だけは余計です。」

「ははは、ごめんごめん。だからねぇ、『食べきりサイズのも用意したら?』ってことになったのよ。」

「で、切り身?」

「ふふふ。ねぇ、おかしいわよねぇ。」

「え~、でも切り身ですよぉ。」

 明音さんは不服な様子。

「ふふ、そうだけどさ。もう少し言い方ってのがあるんじゃない?」

「でもぉ・・・パウンドケーキに『切り身』って書いてあったら、カワイイじゃないですか。」

 そういえば、そんな感じ名前のキャラクターがいたような・・・。

「あ・・・むふっ、それもそうね。」

「で、一本の方は・・・残ってるのよねっ?」

 興味津々な彼女の表情。

「ふふっ、やっぱり食べてみたいわよねぇ。」

「はいっ。」

「あ、じゃぁ・・・はい、ヨーコさん。あとで切って出してください。」

「はぁい・・・ふふふ、これ私も楽しみにしてたのよねぇ。私が焼いたんだけど。」

「え・・・?」

「ん・・・ふふふっ。」

 そろそろカブの焼き具合が気になる。


「あらぁ~、焼いて塩コショウしただけなのに・・・美味しいわねぇ。」

「でしょでしょ?ウチの子なかなかやるでしょ?」

「えぇ。やっぱりこの『じっくり焼く』ってのが重要なのね、中の方の食感がトロっとしてて最高。」

「へっへっへ・・・。」

 嬉しそうに鼻をさする仕草は、まるで少年のよう。

「で・・・いかがでしょう?ウチの野菜を扱ってはもらえませんでしょう、か?」

「う~ん・・・こんなに美味しい野菜ならお願いしたいところなんだけど・・・私ひとりで決められない部分でもあるのよねぇ。」

「と、言うと?」

「あぁ、仕入れの・・・特にお金に関することは、責任者が別にいるのよ。」

「あら、じゃぁどうしましょ・・・。」

「まぁ、明音さんの旦那なんだけどね。」

「あ・・・え、じゃぁ明音ちゃん口説き落としたらイイの?」

「はははっ。そういうことになるわねぇ。」

「え、え~っ?私、どうしましょ・・・まだ新婚なのに・・・。」

「ふふふ。まぁ、今決めなきゃいけないってんじゃなければ、またいらっしゃいよ。そういう話は少しずつ進めればいいじゃない。」

「あぁ・・・それもそうですねぇ。またお野菜持って来ます。」

「ねっ?と、いう訳で、お待ちかねの・・・?」

「はっ・・・パウンドケーキっ。」

「んふふっ。すぐ用意するわね~。」


 真輝ちゃんのクッキーから、明音さんのパウンドケーキ。それから今回の太陽のような笑顔の彼女。人と人とのつながりが、また新たな出会いを連れてくる。これがえにしっていうものなのかしら。


「はぁ、結局彼女の名前聞きそびれたわ・・・。」

 後片付けが終わった頃になって思い出した。

「・・・まぁ、今度でも良いかっ。」

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