第76話 試される日(後)

 船を見送ってしばらく経つと、空が明るくなってきた。

「そろそろ、釣れたかなぁ・・・。」

 美冴ちゃんが、沖の方を見ながら呟く。

「ん?まだ糸を垂らし始めたくらいじゃない?」

「あぁ・・・そう、だよね。」

「・・・心配?」

「そりゃぁ・・・だって、紹介した手前『お前の兄ちゃん全然釣らせてくれねぇ』なんて言われたくないもん。」

「ん・・・それだけ?」

「え、それだけ・・・って?」

「ん?ううん。ならいいんだけどさ。」

「ん?なぁに、ヨーコさん?」

「んふふ、なんでもない。」

「ん~?」

 怪訝な顔つきの美冴ちゃんを、昇りたての太陽が照らす。

「おはようございます。」

「あぁ、鈴木ちゃんおはよう。ごめんねぇ、付き合わせちゃって。」

「いえいえ、いいんですよ。これが上手くいけば、この港の為にもなりますから。」

 鈴木ちゃんには、無線で源ちゃんからの釣果報告が逐一入ることになっている。そうすれば、私も料理の準備が出来るだろう・・・という源ちゃんの配慮。意外とちゃんと考えている。

「じゃぁ、僕は漁協の方にいますので・・・。」

「あ~、お願いねぇ。」

「鈴木ちゃん、あとでね~。」


 予定していた帰港時間より早く帰ってきた源ちゃんの船。

「お帰り~、随分釣れたんだってぇ?」

 鈴木ちゃんからの報告で、何がどれだけ釣れたかは把握できている。

「あぁ。あまりによく釣れたんで、早く切り上げてきたんだぁ。これから大宴会にしてやってくれ~。」

 なんとも上機嫌な源ちゃん。

「ふふふっ。も~、調子の良いこと・・・。」

 言われなくても、準備は万端出来ている。一応、焼きそばもね。

「みんなぁ、どうだった?お兄ちゃんの『船長具合』は。」

 美冴ちゃんも上機嫌。

「あ~・・・うん、すごく良かったよ。ポイントも的確だったし、話も面白かったし・・・。」

 とは、リーダーと思しき彼の弁。ん?話も面白かった?

「それなら良かったぁ~。も~、冷や冷やしてたんだからぁ。」

 確かに美冴ちゃんは、ずっとブツブツ言ってた。

「なんだぁ美冴。俺のことそんなに信頼できねぇか?」

「えっ?そりゃぁ・・・お兄ちゃんだもん。」

「は?なんだよ、その言い方ぁ。これでも、ちゃんとした漁師なんだぞぉ。」

 いや、自分から「ちゃんとした」なんて言ってる時点で・・・。

「ふふっ。は~い、じゃぁみんなぁ。ちゃんと後片付けしてからおいでねぇ~。」

「は~いっ。」

 よし、ここからは私の仕事ねっ。


「は~い、まだまだ出るから、どんどん食べてちょうだ~い。」

 刺身にしたり、焼いたり揚げたり・・・と、てんやわんやの厨房だが、たくさん釣れてくれたおかげで、料理のし甲斐がある。

「飲み物のおかわり、言ってねぇ~。」

 こんな時に美冴ちゃんの手があると助かる・・・と言いたいところだが、美冴ちゃんには厨房から出て「ホール係」に徹してもらった。その訳は、お察しください。

「ヨーコさん、どれもこれもホントに美味いっす。」

 リーダーと思しき彼。

「へへへっ、でしょ?コレみ~んな君たちが釣ってきたのよ~。」

「も~、感動っす。」

「ふふ、釣りたての捌きたては特にね~。」

 そう言いながらも、手は止めない。お持ち帰り用の魚の下処理をしている。

「これ、三枚で良いのよねぇ?」

 釣り主に確認する。

「あ、はいっ。お願いしま~す。」

「頭と骨はどうする?」

「え~・・・いや、いらないっす。」

「え、いいの?良い出汁が出るのよ?お母さん喜ぶわよ~。」

「あぁ、いやぁ・・・今一人暮らしなんで。」

「あらぁ、そう・・・。」

「あ、じゃぁそれ、うち貰います~。」

 これはまた別の子。

「そう?じゃぁ、そっちに入れとくわね。」

「はい、ありがとうございます。」

 こんなやり取り。なんだか新鮮で、イイ。


 宴のあと・・・とは言っても、まだ夕方前。男ども三人は頭を突き合わせての反省会。源ちゃんと鈴木ちゃんに助っ人の仲買さんが、「あそこは良かった」「アレはまずかった」「ココはもっとこうしよう」などと・・・。こういう姿を見ていると、私なんかが心配しなくても良かったみたい。

「ふぅん。なんだか、上手く行きそうかしらね。」

「う~ん・・・そうだと良いけどぉ。」

 美冴ちゃんも、釣りサークルの面々を見送って一息ついてる。

「え?そうでもなさそう?」

「だって、今回『たまたま』ってことだってあるじゃない?今日はいっぱい釣れたけどさぁ・・・お兄ちゃんすぐ調子乗るし。」

「ふふっ。でも、ほら・・・ああやってさ。しっかり次への準備をしてるんだから、案外上手くやっていけるかもよ。」

「ん?ヨーコさん、こないだまで反対してたのに・・・。」

「それは・・・そうだけどさぁ。ねぇ。ああいう姿を見せられちゃうとさぁ・・・あっ、ねぇ、源ちゃんって案外しっかり者なの?」

「えぇ?私にはそうは見えないけど?」

「あぁ・・・やっぱり、そうよねぇ。」

 妹にも見せない「海の男の顔」がある・・・の、かしら?

「それにさぁ・・・どんだけ準備したって、また今回みたいに釣れるとは限らないじゃない?」

「うん。でも、源ちゃんとしてはそこを色々考えてるみたいよ?」

「『そこ』?」

「えぇ。『釣果とは別の楽しみを提供する』っていうのをさぁ。」

「ん~?釣果は別の・・・って、釣れた方がイイに決まってんじゃんっ。」

「ふふふっ。それは、そうなんだけどさ。釣れないなら釣れないなりの楽しみ方ってのも、あるみたいよ。」

「ん?分かんないっ。」

「ふふふ・・・そうよね。どうせなら釣れた方がいいわよねぇ。」

「うん、絶対そうよっ。ふふふっ。」

 ロマンを語る男たちと、幾分現実的な女たち。ん、誰?「花より団子」なんて言ったの。

「でもねぇ、ヨーコさん・・・。」

「ん?」

「今日ね・・・お母さんの気持ち、少し分かったかも。」

「素子さんの・・・?」

「うん。その・・・ハマで待つ人の、気持ち。」

 海に出たら命がけの漁師たちを、豊漁と無事を願いハマで待つ者。

「ふふっ。美冴ちゃん、ずっとブツブツ言ってたもんねぇ。」

「え?そ、そうだった?」

「うん。『そろそろ釣れたかなぁ』『船酔い大丈夫かなぁ』って。」

「え~?そんなこと言ってたぁ?」

「うん、言ってた言ってた。」

「あれ~、そうかなぁ・・・。」

「ふふふ・・・で、美冴ちゃんっ。」

「ん?」

「どの子がタイプなの?」

「はっ?え、そ、そんなんじゃないってばぁっ。」

「え、違うの?」

「そ、そういうんじゃ・・・ないからぁ。」

「ふふ~ん、ホントかなぁ?」

「も~っ、ホントっ。ホントのホントのホントのホントっ。」

「ん~?ふふふふ・・・。」

「もぉ。ヨーコさんはそうやって、すぐ人をくっつけたがる~。」

「あら、私そんなことした?」

「も~・・・もうっ。そういうんじゃないんだからっ。」

「ん?ふふふっ。」

 美冴ちゃんに、恋の季節到来・・・?

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