第75話 試される日(前)
「え、美冴ちゃんって釣りサークル入ってたの?」
「あ、ううん。私は入ってる訳じゃなくって・・・。」
美冴ちゃんの大学内の釣りサークルが、美冴ちゃんを漁師の娘だと知って声をかけてきたのだそう。そこで出た源ちゃんの釣り船計画の話に、彼らが興味を持っているのだそうだ。
「・・・だからさぁ、お兄ちゃん。一度乗っけてみてくれないかなぁ。」
「あ、あのなぁ。まだ客を乗せられる状態じゃねぇの、お前も見ただろ?」
「そうだけどさぁ。試しでまたやってみればいいじゃん。」
「あのなぁ、そう簡単に『試し試し』って・・・簡単なことじゃないんだぞぉ。」
「ふ~ん。じゃぁお兄ちゃんはこのままず~っと『計画』のまんまでイイんだ?」
「ぃや、そ、そうは言ってねえぇだろぉ。俺だってなぁ・・・。」
やりたい事と上手くいかなかったことの狭間で、身動きが取れない源ちゃんの心。
「源ちゃん?良いんじゃない?本当にやっていきたいんなら、初対面の人を4,5人乗っけてやってみるってのもさぁ。いい勉強になると思うわよ?」
「そうだろうけどさぁ・・・。」
「ねぇ。向こうだってプロの釣り師って訳じゃないんでしょ?ならさぁ、こっちの事情もちゃんと話して『お互い勉強で』ってことにしてさぁ。」
「きゃ、客乗っけて『勉強で』って訳にいくかぁっ。」
「ん?そう言うんなら、ちゃんとお金取ってやる?」
「ん~・・・まだ、そういう訳には・・・。」
源ちゃんの歯痒さも、分からないではない。
「ねぇ、お兄ちゃん。何とか乗っけてあげてよ~。『本物の漁師の船に乗れる~』って楽しみにしてるんだよ~。」
「そ、それはお前が・・・勝手に言っただけだろぉ。」
「それは・・・そうなんだけどさぁ。」
「なに美冴ちゃん。源ちゃんに確認取らずに『乗せる』って言ったの?」
「ん~・・・ハッキリと言ったわけじゃないけど・・・期待させるようなことは、言った。」
「うん~・・・じゃぁ、しょうがないじゃない。ねぇ、源ちゃん。お兄ちゃんらしいとこ見せてあげなさいよ。」
「は?お兄ちゃんらしいとこ・・・って。」
「だからさぁ。乗っけてあげなって言ってんの。」
「あ・・・で、でもよぉ・・・。」
「ふ~ん・・・じゃぁ、このまま一生『計画』のままで良いのね?」
「そ、そうは言ってねぇだろっ。」
「なら・・・ねぇ、こういうのはどう?」
ひとつ提案。
「あ?」
「例えば・・・燃料代だけ出してもらう。」
「はっ?」
「ねぇ。源ちゃんは、まだお金を取って客を乗せたくはない・・・でしょ?」
「あぁ。」
「向こうは向こうで、タダだとやっぱり気が引ける・・・わよね?」
「うん、そう思う。」
「ふふっ、ねっ。」
「な、なんだよぉ『ねっ』って。」
「も~、分かんないかなぁ。だからさぁ。向こうは燃料代だけの格安で船に乗れる。ここまではいい?」
「あぁ・・・。」
「で、源ちゃんは源ちゃんで『客を乗せる』という経験が出来る。」
「あ、あぁ。」
「ね?その上で少額とはいえお金を貰うとなればさ、源ちゃんも気持ちの入り様というか・・・緊張感が違うってもんでしょ?」
「あぁ・・・そう、だな。」
「あぁ~、お互い儲けはしなけど損もしないってことか~。すご~い、ヨーコさん頭良い~。」
「ん、そう?」
普通のことを言ったつもりなんだけどなぁ・・・。
「ん~・・・わ、分かったよ、やってみるよぉ。」
「え、ホント?、さすがお兄ちゃんっ。じゃぁ今度の土曜日お願いねぇっ。」
「はぁっ?今度の・・・って、お前急すぎるだろっ。」
「え~、お兄ちゃん今やってくれるって言ったじゃん。」
「い、言ったけどさぁ・・・なぁ、ヨーコぉ。」
「ふふふ、いいんじゃない?思い立ったが吉日って言うでしょ?」
「あ・・・ん~、もぉ~・・・っ。しゃぁね~なぁ~、じゃぁ燃料代なっ。それと、ヨーコも手伝ってくれよな。」
「私?乗るの?」
「の、乗らなくていいから、その・・・飯の方、頼むな。」
「あ、えぇ。もちろん。」
私も「乗り掛かった舟」ってことでね。
土曜日。早朝。
「みんな、こんな朝早くから元気ねぇ。」
釣りサークルの面々が集まっている。総勢5名。
「はい。釣りが出来るなら朝となく夜となく・・・なっ。」
その中のリーダーと思しき者が快活答えると、他の者もそれに
「え~、それでは・・・準備が良ければ、出しますので・・・船の方へ・・・。」
妙にぎこちない源ちゃん。あれ、緊張してる?
「え~、釣った魚は、あとでコチラのヨーコさんが料理してくれますので・・・。」
今日は釣り好きの仲買さんが、助っ人で船に乗ってくれる。
「えっ、ホントですか?じゃぁいっぱい釣ってこなきゃ。」
「んふふ、待ってるからねぇ・・・あ、料理は別料金ね。」
「え・・・あぁ、そうですよねぇ。」
「まぁ、下処理くらいはやってあげるけど。あ~、何かリクエストがあったら今のうちに聞いとくよ。」
するとその中の一人が、
「じゃ、俺焼きそばがイイっす。」
なんて言ってきた。
「え、焼きそば?」
「だって『海の家』っていったら、やっぱり焼きそばじゃないっすか。」
「は?だ、誰が『海の家』じゃいっ。はははっ。」
「そうだよ~っ。『ハマ屋』は『海の家』なんかじゃないんだからねぇ。」
いつもはお寝坊さん気味の美冴ちゃんも、すでにエンジン全開。
「じゃぁみんな、お兄ちゃんの言うことを良く聞いて楽しんでくるんだよっ。」
「は~いっ。」
どうやら美冴ちゃんは、すでに彼らの人心を掌握済みの様子。
「お兄ちゃん、みんなのこと頼むねっ。何かあったら、お母さんに言いつけるからね。」
「あぁ、わ、わぁったよぉ。じゃ、じゃぁそろそろ、乗ってくれ。」
源ちゃんが試される日が、始まった。
続く。
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