第74話 下駄を履いたら

 カラコロコロカラコロコロ・・・と、おもてから小気味よい音が聞こえてくる。

「こんにちは~・・・っと。」

「あら、先生。いらっしゃい。」

 足下は、下駄。

「まぁ、下駄ですか。」

「え・・・あぁこれ・・・。」

 いつもの席に腰を下ろしながら、

「編集さんがね、持ってきてくれたんですよ。」

 と、改めてカラコロ鳴らしてみせた。

「え・・・下駄を?」

「えぇ。なんでも、『みなと先生にはもっと作家らしくしていて欲しいんですっ』だそうで・・・。」

「・・・で、下駄?」

「ふふっ・・・ねぇ。『明治の文豪じゃないんだから』って言ったんですけどねぇ・・・。」

「ふ~ん・・・でも、なかなか風流じゃないですか。」

「いやいやいや、そう優雅なことは言ってられなくてねぇ。ちょっと歩いただけで、もう指が痛くって・・・。」

「はは、そりゃぁ履き慣れてなければ、そうなりますよねぇ。」

「ふふふ・・・ねぇ。」

 普段からカジュアルな格好を崩さない先生には、確かに「作家の威厳」のようなものが無い。

「下に足袋たびでも履いたらどうです?」

「あ・・・そうですねぇ。今度おねだりしてみようかな。」

「ふふっ。いつもの感じでいいですか?」

「えぇ、お願いします。」

 先生はいつも決まってアジフライ。


「それで、どうなんです?探偵小説の件。」

「あ、うぅ・・・訊かないでください。」

「厳しい感じ?」

「厳しいどころか・・・はぁ、まったく勝手がつかめなくって。」

 編集さんからの重い宿題に、筆がまったく進まない模様。

「今からでも・・・断ろうかな。」

「いいんですか?そんなことして。」

「う~ん、そうですけど・・・ねじってもひねっても逆立ちしても、出てこなもんは出てきません。」

「あら、ふふふ。」

 作家稼業も大変なのね。

「でも・・・だからって、無下むげに断ったら信用にかかわるのよね?」

「そうなんですよ・・・はぁ。」

 食後の一杯。今日はお茶。

「私は・・・そっちの世界のことは分からないけど、編集さんって融通が利かないもんなの?」

「融通ですか?」

「うん、自分たちが提案したモノ以外は受け付けない・・・みたいな。」

「あ、いえ、そんなことは無いですけど・・・?」

「なら・・・思いっきり自分が得意なモノ・書きたいモノを『どうだっ』って出してやるのはどうです?向こうが期待している以上のものを。ねぇ。」

「うん、それをやってしまえれば良いのですけど・・・あまり、その手に頼ってしまってはいけない気がして。」

 期待に応えたい・・・というのも、作家の矜持というやつなのかしら。

「う~ん、難しいわねぇ・・・。」

「あの、お茶・・・お代わりもらえます?」

「え、おちゃけ?」

「いえ、お茶を・・・。」

「ふふ、は~い。」


 わざと熱めに淹れたお茶を、ズズッズズズッっとすする先生。

「ねぇ、先生・・・?本当は書きたい話があるんでしょう?」

「え、あ・・・はい。」

「ちょっと、聞かせてもらえません?」

「ん・・・でも。」

「ちょっとだけ。」

「う・・・ぅん。あの・・・雲をソフトクリームにして売っている男の子の話で・・・。」

「あら、メルヘンな世界?」

「あぁ、いえ・・・。そのソフトクリームは人気になるんだけど、実は雲をソフトクリームに変換する行為が大きな環境破壊につながっていて・・・っていう、ちょっとダークな話でして。」

「んん・・・重たいテーマなの?」

「えぇ。人類の功罪みたいなのを、重すぎないタッチでそれとなく描ければなぁ・・・と思っているのですがね。」

「それ・・・面白いんじゃないですか?ねぇ。下手に・・・苦手なモノを無理して書くより、そっちの方が絶対良いですよ。」

「えぇ・・・やっぱり、そうですよねぇ。」

 お茶をすする先生。

「ズッ・・・うん、そうですよね。うん、ねっ。よしっ、書いちゃお。やっぱり書いちゃお。そんで、ある程度書けたところで『どうだっ』って出して、ビックリさせてやります。」

 私への宣言なのか、自分に言い聞かせているのか。

「ふふふ、そう来なくっちゃ。」

「えぇ。驚くようなものを書ければ・・・この下駄のお礼くらいには、なるんじゃないかな?」

「あ・・・ふふっ。先生って、意外と意地悪?」

「ん?そう見えます?」

「ん・・・ふふ、もう。そういうところっ。」

「ふふふっ。」

 カラコロと鳴らす下駄の音が、心なしか嬉しそう聞こえる。

「先生、案外気に入ってるんでしょ?その下駄。」

「ん?そんなことも・・・まぁでも、なかなか良い音しますよね。」

「また・・・素直じゃないんだから。」

「ん・・・?」

 先生の表情が明らかに「上の空」になってきた。ということは、頭の回転速度が上がってきたということ。

 そんな訳だから、探偵小説の件はお蔵入りでお願いします。ねっ、編集さん。

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