第72話 ハマで暮らすということ

「えっ、ほっ、ほっ・・・っと。ふう、このくらいが私には良い運動だわぁ。」

 『ハマ屋』の裏は小高い丘になっていて、そこには港の守り神を祀る神社がある。そこから見下ろす港は海面がキラキラととても綺麗で、程よい運動と共に良い気分転換を与えてくれる。

「ん~っ、今日もキレイねぇ。」

 晴れには晴れの、曇りには曇りの良さがあって、季節の移ろいと合わせ毎日来ても飽きない景色がそこにある。

 このキラキラと光る海面の下には数え切れないほどの種類の魚たちがいて、美味しく調理されるのを今か今かと待ち受けて・・・。

「・・・って、なんでこう食べることばっかり考えちゃうのかなぁ私は・・・っ。」

 まぁ、今に始まったことじゃないんだけど・・・。

「さぁて、もうひと頑張りしますか。」

 そろそろ漁師たちが呑みに来る時間だ。


 毎月13日はうどんの日。その翌日は大概、残ってしまったうどんを再利用して何か作ることになるんだけど、今日はそのうどんを揚げてみている。

「うんうん、思った通りちゃんと塩が効いてるわね。」

 以前から酒のつまみになるが無いのが気になっていて、何か考えなきゃと思っていたのよね。

 カリッとした食感と食べ応えのある太さは、揚げ焼きそばとかりんとうを足したような感じで、良い加減の塩っ気が妙に食欲をそそる。

「むふっ、これならあんかけにしても美味しいかも。」

 いや、あくまでおつまみとして・・・。


「ヨーコ。これ、酒に合うなぁ。」

「ねぇ、案外イケるでしょ?」

「あぁ、最高最高~。」

 もう、調子の良いこと言っちゃって。

「それ、うどんがある時だけの特別だからねぇ。」

「え~、そんなこと言わねぇで毎日作ってくれよぉ。」

「ふふっ、ありがと。でもうどんが無いと作れないからねぇ。」

 調理自体は揚げるだけなのだが、こんなにしっかりしたうどんは素人には作れない。

「じゃぁ、うどん持ってきたら作ってくれる?」

「ん?えぇ、もちろん。」

「やった。じゃ、食べたくなったらうどん持って来るわ。」

「ふふふ、はいよ。」

 どうやら今回の試みは成功だったみたいね。

「なぁ、これマヨつけてもイケるぜ。」

 と、別の漁師。

「あ、なら七味もあるわよ。」

「あぁ、いいねぇ・・・って、ヨーコそれじゃぁスルメ食ってるみてぇじゃねぇか。」

「あら・・・ふふふ、でもきっと合うわよ。」

「ぃや、そりゃぁ合うだろうけどさぁ・・・う~ん、ちょっともらえる?」

「ははっ、ほらぁやっぱりそうなる。」

「そ、そりゃぁ・・・なぁ。」

 この調子でいくと「あんかけも・・・」ってことになりそうね。


 変わらぬ顔ぶれと、いつもの笑顔。そんな日々が心地良い。


「なぁ、ヨーコ。うどんってまだある?」

「えぇ、あるわよぉ。揚げよっか?」

「いやいや・・・なぁ、焼うどんって作れる?」

「焼うどん?まぁ・・・作れなくは、無いけど?」

「おぉっ。じゃぁ、作ってくれるか?」

「良いけど・・・どんなのがいい?」

「ん~・・・細かいとこは任せるっ。」

「あ・・・うん、分かった。」

 なるほど、焼うどんか。このアイディアはまだ試してなかったわね。うどんってのは汁物で食べるもんだと育ってきたから。

 ん~、じゃぁ醤油味でまとめるとして、人参と・・・ん?ネギでやってみようかしら。ネギをいっぱい入れたら・・・うん、きっとイケるはずよっ。

 細切りにした人参をよく炒め、そこにネギを一本分入れる。白いところも青いところも全部入れる。

「ん、入れすぎたかしら?・・・まぁ、いいか。」

 ネギに軽く火が通ったところにうどんを入れる。するとたちまち水分が足りなくなるので、そこにいつもの魚の出汁を加える。

「お~、いい感じいい感じ。」

 うどんが出汁を十分に吸ったところを醤油で仕上げる。みんな大好きなあの匂い。

「は~い、出来たわよ~。こんな感じでどうかしらぁ?」

「おぉ~、いい香り~。いただきま~すっ。」

 口いっぱいに頬張り、モゴモゴやっている。やっぱり麺よりネギの方が多く見える。

「んん・・・ん・・・うんうん。ヨーコ、美味いよ、なかなかイケるっ。」

「ホント?なら良かったぁ。」

「あぁ。この大量のネギがうどんと絡み合って・・・ん、いい食感だよ~。」

「ふふふ、やっぱりネギ多かった?」

「いやいや、こんぐらいあった方がイイっ。絶対美味いっ。」

「そう?ふふ、案外やってみるもんねぇ。」

「ヨーコは、アレだな・・・なに作っても美味いなぁ。」

「あっ?も~ヤダよぉ、褒めてもなんにも出ないよ~。」

「いやいや、ホントホントっ。」

 本当に調子の良いヤツら・・・。

「もう・・・ふふ、ありがとっ。」


 港町だから漁師が中心の生活になるのは当たり前として、その漁師たちがゆっくり休める空間を提供するのが私たちハマで暮らす者の務めなんだと、今はそう思っている。海に出たら命がけの漁師たちの、安らぎの場所であったり、心の拠り所であったり、時には愛の巣であったり・・・。明日への活力を得る場になれたら、私も頑張る甲斐があるってもんだ。

「なぁ、ヨーコ。カラシレンコンってあるか?」

「はぁっ?そんな変わったもん急にあるわけないじゃないっ。」

「あぁ~、やっぱり無いかぁ~。」

「ふふふっ・・・もう。」

 本当に調子の良いヤツら。

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